「こころに沁みる切なさと温もりのある音楽が映像と共に奏でられる心地良さ」ONCE ダブリンの街角で Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
こころに沁みる切なさと温もりのある音楽が映像と共に奏でられる心地良さ
「はじまりのうた」(2013年)でお気に入りの監督になったジョン・カーニーの公開当時大評判を呼んだ世界デビュー作を漸く見学しました。ダブリンに住むストリート・ミュージシャンの男性とチェコからアイルランドに移住した音楽の才能豊かな女性の一期一会のショート・ストーリーの音楽映画。驚いたのは、心に染み入るような切なさと人肌の温もりのある音楽(洋楽に疎いためジャンルも分からず、上手く説明できないのがもどかしい)の親しみ易さと、手持ちカメラの即興的で作為の無いカメラワークの、それでいて生活感をそのまま映し出したようなアングルの自由さと的確さも兼ね備えた撮影の素晴らしさでした。技巧的には演出も撮影も「はじまりのうた」の方が洗練されていて骨格が確りしているし、個人的に古典映画好きの嗜好に合っています。でもどちらが優れているというより、音楽に合わせた映像作りの違いと言えるでしょう。「はじまりのうた」は音楽を楽しむように映像作りがなされていて、この「ONCE」は映像と音楽が一緒に奏でられていました。それは登場人物がいる空間の中に観る者が一緒に存在して、彼らの一挙手一投足を見詰める親近感を醸成しています。
この映画から想い出すのが、クロード・ルルーシュ監督の「男と女」(1966年)、そして高校生時代の青春のバイブル、アーサー・バロン監督の「ジェレミー」(1973年)の2作品です。前者は男女の微妙な恋愛心理をボサノバの独特なリズムで伴奏する、斬新さと色香がありました。訳あり男女の心理的変化を丁寧に扱い、制作費の少なさと音楽の活かし方が近いです。お金を掛ければ良い映画ができる訳でもなく、制作費が少なくても音楽を味方にすれば心地良い映画作品ができあがることを証明しています。後者は、高校生男女の儚い初恋の別れを切ない音楽で抒情的に描いたセミ・ドキュメンタリータッチの身近に感じる青春もので、この映画の質素で巧みに構成された展開の自然な流れに音楽の持つ魅力が絶妙に調和している点で似ています。
何気ない日常の生活シーンでいいのは、女性が故障した掃除機を引っ張りながら行きつけの楽器店を訪れ、メンデルスゾーンのクラシックに続いて自作をギターで弾く男性にピアノを合わせていくところです。二人を囲む様々な楽器とモーツアルトとベルディのポスターが貼ってある音楽が溢れるローケーションと、そこに掃除機がある生活感、何とも言えない味があります。この“フォーリング・スローリー”と言う、飾り気無くシンプルで柔らかな甘さもある曲がいい。それにしても使い込んだギターの穴が開いた状態は気にならないのでしょうか。彼の家で掃除機を修理して、二人だけになってから気まずい思いをするも、翌日仲直りして今度は彼女の家を訪ねるシークエンスでは、移民家族の生活感が良く出ています。母親と子供、それにテレビを観に来るチェコ青年3人の人物の動きとチェコ語の響き。そして男性の曲に作詞するシーンがまたいい。CDデッキの電池切れで街に出て、女性が歩きながら歌うその夜の街の風景。“イフ・ユー・ウォント・ミー”のミュージック・ビデオのような趣があります。この演出タッチは、男性が裏切られて別れた女性を想いながら曲作りするシーンのフラッシュバックで更に切なさが募ります。このアップで押し通した淡くぼやけた色彩の映像が“ライズ”の曲と見事に融合している巧さは、実に音楽的と言えるでしょう。
後半はロンドンに進出するためのデモテープ録音のエピソードがクライマックスになり、バンドメンバー3人が加わった本格的な曲作りを丁寧に再現してくれます。
主演のグレン・ハンサードとマイケタ・イルグロヴァのお二人は実際の音楽家でありながら、無理のない自然な演技でした。表現者として優れた歌手も、歌いながら演じることを身に付けていると思えば当然かも知れません。カーニーの演出との相性も良かった。これは本格的な音楽映画を目指したキャスティングが嵌り、演出家ジョン・カーニーの音楽的素養が映画の世界で開花した珠玉の作品と言っていいと思います。
おはようございます。共感、ありがとうございます。
今作の楽曲が好きで、サントラを購入したNOBU.です。
ジョン・カーニー監督は私も好きなのですが、全然新作を公開してくれないので、全くもう‼という感じです。いつもとても勉強になる素晴らしいレビューを有難うございます。では。返信は不要ですよ。