魔笛 : 映画評論・批評
2007年7月3日更新
2007年7月14日よりテアトルタイムズスクエア、シャンテシネにてロードショー
「魔笛」上演史上前例のない最高のスペクタクル
「魔笛」というオペラの不思議な美しさの秘密の一端は、実は台本の荒唐無稽さの中にある。これは、第1幕と第2幕で善と悪が入れ替わる、メビウスの輪のようにねじれたドラマなのだ。
ブラナー監督は、このオペラに第1次世界大戦という時代設定を持ち込み、タミーノやパパゲーノを兵隊にし、夜の女王を戦車の上に登場させ、2つの対立する軍事勢力という構図を作り出した。そのアイデアは秀逸で、これまでの「魔笛」上演史からしても前例のない最高のスペクタクルとなった。しかしブラナーは一方でオペラ本来の荒唐無稽さや朴訥なおとぎ話らしさもずいぶんそのまま残した。これは「魔笛」の本質的な要素ゆえ当然の判断だったが、ディテールに至るまで映画には洗練と本格的な完成度を求める人、これまでオペラとしての「魔笛」をまったく知らなかった人には、もしかするとキッチュな芝居じみて感じられるところもあるかもしれない。そこがこのオペラのいいところでもあるのだが……。
なおキャストの中ではザラストロ役のルネ・パーペの演技が特に良かった。通常の上演だと謹厳な長老という役どころだが、自ら額に汗を流して働く民主的な若い指導者として、魅力的な新しいザラストロ像が作り出されていた。コンロン指揮ヨーロッパ室内管弦楽団の演奏は、きびきびとしたリズムと生命力にあふれたもので、映画の魅力を倍加させている。
(林田直樹)