愛と希望の街のレビュー・感想・評価
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『えこひいき』は真面目そうなら許される♥
1959年の母子家庭に対しては偏見があった。
それに対する問題があるが、それを具体的話すと消されるので、回避する。
終盤に『片親がいないと歪んだ子供ができる。それは教育者として貴女もご存知でしょうが』と言う台詞が出てくる。
『一般論ですね。』
え!一般論って?流石、高学歴!
まぁ、功利主義その物。
こんな歯が浮くような台詞の連発。
演出家と俳優。こんなんで、2人とも恥ずかしくないのかなぁ。日本映画のDNAはこんな所から芽生えている。
この女教師のやっている事は個人的利益供与になり、発覚すると
『懲戒解雇』になる。就職の斡旋にもなるので、教師の資格も剥奪される。
鳩、 もらったことがあります。 逃げちゃいました。
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鳩、
もらったことがあります。
逃げちゃいました。
2ヶ月経って、もうそろそろ良いかなーと小屋の扉を少し開けてみたところ、あっという間に大空に飛び去ってしまいました。小学生の頃の懐かしい思い出。
元の飼い主さんからは半日後に電話がありましたよ
「鳩、逃げたでしょ?笑」って。
・・・・・・・・・・・・・
1959年
大島渚
27歳
アーティストの作品、特に音楽のCDアルバムを選ぶとき「一番最初に出したものを買ってみる」と言った友人がいた。
それは多分に荒削りだし、未完成なところもきっとあるのだけれど、そのミュージシャンの一番良いところが原石の形ではっきり現れているからなんだ、と。
先日このサイトで、是枝裕和の監督初作品「幻の光」への拙レビューに、フォロアーさんから共感を頂いた。
あの「幻の光」は、そういえば是枝さんの最初の映画だったのだ。
それで今回は大島渚も、その初仕事を見せてもらいたくなり、DVDを借りて観てみることにしたわけだ。
27歳の大島渚、
本人の手によるオリジナル脚本とメガホン。長編初作品。
原題は「鳩を売る少年」。
松竹株式会社が興行封切りしたときの邦題が、本来の脚本から改題されて「愛と希望の街」とされてしまったことから、あの頃のアイドル=坂本九や吉永小百合出演作のような、朗らで爽やかな青春ドラマなのかと思いきや
・・とんでもなかった。
題名に“騙されて”、この映画から黒い衝撃を受けた映画ファンたちは、世の中に五万といたことだろう。
社会派ネオリアリズモの重厚な不条理劇であった。
秋山先生が、掘っ立て小屋に教え子正雄を訪ね、正雄の詐欺まがいの「ハト売り行為が就職試験の不合格の理由だった」と告げるところでの、
あの教師の言葉
・今夜わたし一人で思い詰めることは出来なかったので事実をあなたに告げに来た
・でも明日は元気に学校で会いましょうね
が大変胸を打った。
立場も年齢も超えて、貧困にあえぐ教え子と一緒に苦んだ彼女。
ここまで担任する生徒のことを思いやってくれるあり得ない姿だ。
「私だって生活に困れば、ハトではなく、自分の体を売ることだろう」と、悲しみと怒りのこもった静かな啖呵をきって、ブルジョアの恋人をたじたじとさせたシーン。
眞鍋理一郎のBGMが沈鬱で、冒頭からこれは「青い山脈」ではなかったことを我々は思い知らされるのだ。
ちなみに本作品の2年後には大島は「日本の夜と霧」を発表。「鳩を売る少年」のシナリオを高く買い、大島渚を監督に抜擢した松竹の社長城戸四郎自身によって、上映が4日目にして停止され、
大島は松竹を退社している。
情動に流されて二つの階級を仲直りさせるとか、しんみりと心に温かいものが流れるとか、そんなハッピーエンドとは無縁の、告発映画だ。
切れ者大島渚は、
その誕生からして、原石の鋭利な形状で、手に取る者に殺傷を与える凄物だった。
ルールはルール
御法度を久しぶりに視聴し、
改めて監督は誰だろうと確認してから
この映画を観ようと思った事がきっかけです〜…。
27歳の作品ですか…。
あの当時の周りや社会をよく見てらっしゃる…。
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お金のため、鳩を売り、買った人が
誤って鳩を逃してしまったら。
鳩は帰巣本能があるので
売った人間の家へ帰ってくる。
そして、また売りに出すのループ。
やってる事はいけない事だと分かっている。
しかし、やらざるを得ない、
退っ引きならない事情がある。
でもそこに、デカデカと出てくる言葉がある。
ルールはルール。
これによって道が決められてしまう人がいる。
この映画では、鳩を売る少年とその家族がそうでした。
おかしいだろ。
そう強く訴えたかったのかな、監督は…。
観終わった後、胸にズンときました。
長い
何てクソ真面目な事をクソ真面目に書いてる映画なんだ。これだから頭がいい人が書いた作品は面白くない。それともこれは社会問題を扱ってるのでなくて男と女の優位な立場を獲得するための争いを描いているのか?どっちにしても頭がいいやつの書く話は面白くないわ。
と思った。
ついでに書くと、この少年は甘い。先生も高望みしすぎ。母親が病気で働けないなら学校から帰ったらすぐに工場で働くべきだ。俺のいとこはそうしていた。家で1分も勉強することなく学校の成績は常にトップクラス。しかし中学卒業と同時に小さな町工場に就職。高校は当然のごとく夜学だった。
愛でも希望でも埋められない溝
1時間ほどの短くまとまった中編だが、質はかなり高い。言ってしまえばよくある山の手文化と下町文化のメロドラマ的交通事故なのだが、モチーフの運用が巧い。特にベランダから鳩を撃ち抜くラストシーンは白眉の出来だ。山の手の裕福な邸宅のベランダから投げかけられる兄と妹の視線の先には灰色の煙を吐き出す北千住の工場群が立ち並ぶ。そこにはかつて妹の愛したあの貧乏な青年が暮らしている。しかしその二つの世界の中間で、妹と青年の間を繋ぐ絆しであった鳩は、あるいは平和と平等の象徴であった鳩は撃ち抜かれ、地に墜ちていく。鮮烈すぎる破綻。そこには一切の再生の兆しもない。
しかしまあこの悲愴きわまる映画のタイトルが『愛と希望の街』というのは何とも皮肉というか、もはや山野一的な露悪性すら感じるのだが、どうやらこれは大島ではなく松竹の意向だったらしい。処女作の頃からして既に松竹と大島の間には決別の予兆が潜んでいたということなのかもしれない。
大島渚のデビュー作がこんなに凄かったとは…
今年、久々に「戦メリ」を観たが、
振り返ってみれば大島渚の初期作品には
ほとんど接していなかった。
しかし、偶然にも近くの図書館に
「青春残酷物語」が置いてあり鑑賞。
その勢いでこの作品も含め
大島作品を4作品まとめてレンタル。
この作品は「青春…」の1年前のデビュー作の
ようだが、「愛と悲しみの街」とのタイトルが
本人の知らないうちに
「愛と希望…」に変えられたとの話は
商業映画のエピソードとして興味深い。
1時間強の短い作品だが、
社会格差の問題点を重層的に描いた見事な
脚本・演出に感じた。
そして、その重層的に織り込まれた
各ラストシーンの中のラスト、
既に鳩小屋は壊されていて、
鳩が撃ち殺されようが撃ち殺されまいが、
上流階級の兄妹は、
貧しい家族のよる鳩の帰巣本能を使った
詐欺犯罪がもう行われないことを知らない。
お互いを思い遣りながらも
両者の意識はすれ違う。
生活のための小さな犯罪をも生んでしまう
社会を正しいとは言えない。
高度成長期の一断面を描いたこの作品に、
あたかも現在の格差社会をも
彷彿させるようなイメージが湧いてきて、
今後の社会に不安を覚える。
この作品を観ただけでも
大島渚の非凡さを感じとることが出来た。
あと3作品が控えている大島作品に、
益々期待が高まるばかりとなった。
少年が1ツガイの鳩を何度も売ってた、 就職試験は、身元調査で、それがばれて落ちた
単純に言えば、売った鳩が戻ってきたら買主に返却しないとダメ
そこに貧富の生活を絡ませて、観てる者に、問いかける映画
大島渚監督は、こういう、問いかけの映画が多い
因みにこれが、大島渚監督(27才)のデビュー作
短い映画だが、案外面白かった
貧富の差を考える
会社専務の娘京子がボランティア精神によって正夫から鳩を買う。デパートの1000円よりも安い700円だ。正夫の母の靴磨きで生計を立てるだけでは無理なので、鳩を使った詐欺的な商売をしているのだ。
先生は正夫の就職のため京子の兄とも付き合い、地元の生徒へも門戸を開くように会社にお願いする。なんとか就職試験も受けることができたのだが、身元調査のより正夫の詐欺行為が発覚して不合格・・・
高度成長期に入ったというのに貧富の差は激しい。倒れた母の代理で靴磨きをするも警官に許可証がないとのことで止めさせられる。不条理なことばかりであることを嘆く教師。生活のためにしょうがなくやったことも許さない大人の道徳観と、不幸な人間を見過ごすことができない教師と京子の葛藤。どこをとってもプロレタリアート映画だ(よく知らないが)。
終盤、京子はもう一度正夫から鳩を買って二度と鳩が戻らないように仕向ける心理描写はなかなかのものですが、途中の生徒たちの演技がどうもいただけない・・・母親が息子の進学に固執するところが納得できないため、物足りなさも感じてしまう。それに犯罪は絶対によくないですから・・・
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