「「天国から見た、人々の日々」もあるかも」天国の日々 かばこさんの映画レビュー(感想・評価)
「天国から見た、人々の日々」もあるかも
テレンス・マリック監督の、「シン・レッドライン」でとても印象に残っているシーンがある。
草むらを、片側を兵隊が通る。もう片側を、地元の人々が通ってすれ違う。
片や、死と隣り合わせ極限状況の戦闘員である兵隊たち、片や、「戦争」は目にすることはあるが他人事、日常生活をおくる地元の住民
互いに手を伸ばせば届く範囲の両者だが、内面の差は天と地ほど。
互いの世界の断絶ぶりが鮮やかだった。
これが同じフレームに収まっている。
天の高みから、人間を俯瞰していると思った。
「天国の日々」の、川岸で逃走中のビルが警官に追われ銃撃され阿鼻叫喚のシーン、対岸では、優雅にピクニックの人々。何事かと指さして見ていたりする。
この両者の断絶ぶりを見たとき、思い出したのが、先の、草むらですれ違う兵隊と地元の人のシーン。
テレンス・マリックは、こんな風に、天からの視点で人々の営みを描きたい監督なのだろう、「天国の日々」の、語り手は大人たちの右往左往を傍から見ている幼い妹であるリンダ。彼女の語りは、おとなになってからの回想なのだろうが、客観的で他人事で、人間のありさまを高みから観察しているようだった。
「天国の日々」というタイトルは、聖書由来のようだがテレンス・マリックが(無意識に?)「天国から見た人々の日々」という意味合いも含んでいないだろうか。
(リンダにとっての農場生活がそうだったとも思える。)
「マジック・アワー」にこだわり抜いた美術品のような撮影も、日が昇り日が沈み、イナゴの大群に襲われる、大いなる自然の当然の営みに過ぎないが、ちっぽけな人間にはそれが全世界であるというのを淡々と描いてみせる天の人の思考の一端のような気がする。
自分が子供の頃、蟻と蟻の巣を観察していたのと同じようだと思った。
蟻には大変申し訳無いが、巣に水を流し込んだことがある。
そうしたら、小さい白い楕円の球を担いだアリたちがわらわらと巣穴から出てきた。
自分が好奇心で流したバケツの水は、彼らには大災害になってしまった。(申し訳ない)
その時の私は、多分テレンス・マリックの立場にいたと思う。
「バッドランズ」はなかなか時間が合わなくて見に行けないが、やっぱりそんな感じなのではないか。大昔テレビで観た記憶があるがよく覚えていないので是非見てみたい。
アビーが、どっちかというと口角が下がったファニー・フェイスで、何人ものオトコを惹きつける魅力ある女性に見えないのと、リンダがもうちょった可愛かったら良かったのにと個人的に思いました。
若いサム・シェパードが素敵で見惚れた。
リチャード・ギアは、粗野で計算高く、実はそれほど悪い男でもないのに頭が悪くて衝動的で取り返しのつかないことをしてしまう男にぴったり(「バッドランズ」の主人公もそんな感じだったような?)
撮影と音楽が素晴らしく、映画館で観られてよかった。
観て聞いて至福のときを過ごせました。
ストーリーはちっぽけな人間のありさまを描ければそれでよし、なものだった気がする。
余談ですが、エンドロールが長くなったのはいつのどの作品からだっただろう、この映画ではまださほどでもない。特殊撮影が大きく取り入れられた頃から?スターウォーズあたり?
ダンナが最近某映画を観てきて、「『エンドロールは二次元コードを読み込んで観てください』」っていうんだよ、驚いたわ~」と言ってました。笑える。
こんにちは~。共感ありがとうございます。
先日「バッドランズ」を見てきたのですが、同じく俯瞰している感じだったなと、レビューを拝読し、腑に落ちました。
鑑賞している我々もまた、作品の登場人物達を俯瞰しているのか、だから淡々としてるのに惹き付けられるのかもな…などとと思いました。
「シン・レッド・ライン」はもう、緑の映画だった事しか記憶になく😅また見たくなってきました。
共感&コメントありがとうございます。
成程!イナゴから宗教臭感じてましたが。兄の無様な最期とかもそれぽいですね。
特殊技術でクレジットが増えたんでしょうね、チーム名だけでも・・。本来ならお弁当(ケータリング)とか元々不要と思います。
共感ありがとうございます。ご主人がおっしゃってるのは『けものがいる』かな? 私は映画鑑賞時にはスマートフォンは電源を切ってバッグにしまっているので、読み込みをあきらめてすぐに家路につきました。読み込んでたら、けものに出会えたかも