劔岳 点の記 : 映画評論・批評
2009年6月16日更新
2009年6月20日より丸の内TOEI1ほかにてロードショー
映画作りという修羅場で長年命を張ってきた木村大作だからこそ描けた境地
ビデオ撮りのピントの甘い画面や嘘臭いCG満載のデジタル映像が氾濫するなか、この映画はプロ中のプロが撮ったフィルムの威力をまざまざと見せつける。狂気ともいえる過酷な撮影を経てまさに命がけで捉えたその映像の数々は、デジタルでは絶対に表現できない色味と風合いで神々しく輝き、サウンドトラックに使用されている直球のクラシックの名曲の数々にも負けていない。
だが、大自然の豪快さ、苦行のような製作や乱暴で荒々しい監督の言動とは裏腹に、映画は優しく、温かく、思いやりがあり、作品全体に安定感がある。それは、木村大作という作家がすべての被写体に対して愛情と尊敬を持ち、絶対的な経験からくる圧倒的な自信を胸に真摯に題材に対峙しているからに他ならない。ただひたすら山を登るこのシンプルな物語が語るのは、たとえ他人にとって無駄な行為に見えようとも、与えられた仕事をきっちりとこなすプロフェッショナルの責任感と仲間への信頼の大切さ。ある意味、偉大なる無駄ともいうべき映画作りという修羅場で50年以上命を張ってきた木村だからこそ描ける境地だろう。映像だけではなく、内容的にも一本芯の通った傑作である。
何よりこの映画が感動的なのは、作り手の誠意や情熱はもちろん、彼らが努力と苦労の果てに到達した幸福感と充実感が見る者にも伝わることだ。こんな映画は滅多にないし、日本どころか世界でも二度と作れないだろう。木村大作は間違いなく、世界最高峰の映像の力で、黒澤、小津、成瀬といった日本が誇る巨匠たちですら成しえなかったことを確実に成し遂げた。肩書きのないエンドクレジット。名を連ねることのできた者にとってこれは最高の名誉だろう。
(江戸木純)