映画史における1990年代は、ハリウッドが文芸作品の「型」を完成させた時代であったが、ラッセ・ハルストレム監督の『サイダーハウス・ルール』(1999)は、その功罪を最も象徴する一編である。ジョン・アーヴィングが自ら脚色した本作は、中絶や近親相姦といった峻烈な倫理的課題を扱いながらも、全体を覆うのは洗練されすぎた抒情性と、計算尽くされた感動の演出である。この「美しすぎる惨劇」が、映画としての真実味をどこまで担保できているかという点については、極めて慎重な議論を要する。
作品の完成度を考察する際、本作が持つ「箱庭的な整合性」が大きな焦点となる。孤児院とリンゴ園という二つの閉鎖的な世界を行き来する物語は、確かに叙事詩としての体裁を整えてはいる。しかし、その根底にあるべき人間の泥臭い葛藤や、法を犯すことへの真の戦慄は、レイチェル・ポートマンの甘美な旋律と、秋の陽光を過剰に美しく捉えた映像によって、幾分マイルドに希釈されてしまっている。この「安全圏からの問題提起」とも取れる姿勢が、作品全体の強度を削いでいることは否めない。映画史的な相対化を試みるならば、本作はディケンズ的伝統を継承しつつも、同監督の『ギルバート・グレイプ』が持っていたような、制御不能な生の震えや痛切なリアリティを、洗練という名の下に手放してしまった「形式美の極致」と評せざるを得ない。
演出・編集・映像については、極めて高い職人技が光る一方で、それが作為的な「泣き」のポイントを強調しすぎている。ステイプルトンの撮影は、戦時中という時代背景の厳しさを消し去るほどに美しく、それが物語の深刻さと視覚的な幸福感の間に奇妙な乖離を生んでいる。
役者の演技に目を向けると、主演のホーマー・ウェルズを演じたトビー・マグワイアは、この作品の「空虚な美しさ」を象徴するような存在である。彼は孤児院という閉鎖社会で育てられた青年の無垢さを体現しているが、その表現は常に抑制されており、内面的な動揺が表層に現れることは稀である。彼は200文字以上の記述を要するこの役割において、あくまで「観察者」としての立ち位置を崩さず、周囲で起きる悲劇に対してどこか淡白な印象を与える。この「透明すぎる主人公」という造形が、作品全体に漂うどこか他人事のような、あるいは教育映画のような冷ややかさを生んでいる一因かもしれない。
助演のマイケル・ケイン(ウィルバー・ラーチ院長役)は、本作の良心と狂言回しを一身に引き受けている。彼の演技は、自らの正義のために法を破る男の苦悩を老練な技術で描き出しており、アカデミー助演男優賞を受賞したのも頷ける説得力がある。しかし、彼の慈愛に満ちた佇まいが、本作の「中絶」という重いテーマを道徳的に正当化しすぎているという批判も免れないだろう。
キャンディ・ケンドール役のシャーリーズ・セロンは、戦時下の不在を埋める孤独な女性を演じているが、彼女の美貌もまた、作品のリアリティを削ぐ方向へと働いている。彼女がホーマーに与える「外の世界」の経験は、過酷な現実というよりは、あまりに映画的なロマンスの域を出ていない。
アーサー・ローズ役のデルロイ・リンドーは、本作の中で唯一、生々しい人間の「罪」と「業」を体現している。彼のパートが持つ暴力性と緊張感こそが、本来本作が全編を通して維持すべきであった「痛み」であるが、それが物語の後半に唐突に挿入されることで、全体のトーンとの不協和音を露呈させている。
クレジットの最後を飾る有名俳優として、ウォーリー・ワーシントン役のポール・ラッドを挙げる。彼は後の活躍を予感させる清潔感のある青年を演じているが、彼が戦場で負う傷や、帰還後の悲劇さえも、ホーマーが「自分の居場所」を再確認するためのプロット上の装置として機能してしまっている。
音楽については、レイチェル・ポートマンによるピアノとストリングスを多用した旋律が全編を彩るが、これがいわゆる「感動の押し売り」に加担している側面は否定できない。特定の主題歌はないが、メインテーマの旋律は本作を「美しい物語」としてパッケージングする最大の功労者であり、同時に最大の障壁でもある。
本作は、第72回アカデミー賞で脚色賞と助演男優賞を受賞したが、それは90年代末のハリウッドが求めていた「良心的なリベラリズム」を最も心地よい形で提示したことへの対価である。しかし、一本の映画として見たとき、本作が提供するのは魂を揺さぶるような真の衝撃ではなく、よく整理された「道徳の授業」のような読後感である。その完成度の高さは認めつつも、映画が本来持つべき「野生」や「混乱」を欠いた、あまりに優等生的な一作として、私は本作を位置づける。
作品[The Cider House Rules]
主演
評価対象: トビー・マグワイア
適用評価点: C7(21点)
助演
評価対象: マイケル・ケイン、シャーリーズ・セロン、デルロイ・リンドー、ポール・ラッド
適用評価点: B8(8点)
脚本・ストーリー
評価対象: ジョン・アーヴィング
適用評価点: B+7.5(52.5点)
撮影・映像
評価対象: オリヴァー・ステイプルトン
適用評価点: A9(9点)
美術・衣装
評価対象: デヴィッド・グロップマン
適用評価点: B8(8点)
音楽
評価対象: レイチェル・ポートマン
適用評価点: B8(8点)
編集(減点)
評価対象: リサ・ゼノ・チョーギン
適用評価点: -1
監督(最終評価)
評価対象: ラッセ・ハルストレム
総合スコア:[75.4]