サイダーハウス・ルール

ALLTIME BEST

劇場公開日:2000年7月1日

解説・あらすじ

セント・クラウズの孤児院で生まれたホーマーは、父のように自分を育ててくれたラーチ院長の後を継ぐべく医術を学んでいた。しかし将来に疑問を抱き始めていた彼は、ある日若いカップル、キャンディとウォリーと共に孤児院を飛び出す。初めて見る外の世界、初めての外の仕事──ホーマーはリンゴ農園で働き、収穫人の宿舎“サイダーハウス”で暮らし始める。ほどなく軍人のウォリーは戦地へ召集され、残されたホーマーとキャンディは次第にお互いに惹かれていく。アカデミー賞で作品賞、監督賞ほか7部門にノミネート、助演男優賞(マイケル・ケイン)と脚色賞(ジョン・アービング)を受賞した。

1999年製作/126分/アメリカ
原題または英題:The Cider House Rules
配給:アスミック・エース
劇場公開日:2000年7月1日

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3.5 【75.4】サイダーハウス・ルール 映画レビュー

2026年1月7日
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映画史における1990年代は、ハリウッドが文芸作品の「型」を完成させた時代であったが、ラッセ・ハルストレム監督の『サイダーハウス・ルール』(1999)は、その功罪を最も象徴する一編である。ジョン・アーヴィングが自ら脚色した本作は、中絶や近親相姦といった峻烈な倫理的課題を扱いながらも、全体を覆うのは洗練されすぎた抒情性と、計算尽くされた感動の演出である。この「美しすぎる惨劇」が、映画としての真実味をどこまで担保できているかという点については、極めて慎重な議論を要する。
作品の完成度を考察する際、本作が持つ「箱庭的な整合性」が大きな焦点となる。孤児院とリンゴ園という二つの閉鎖的な世界を行き来する物語は、確かに叙事詩としての体裁を整えてはいる。しかし、その根底にあるべき人間の泥臭い葛藤や、法を犯すことへの真の戦慄は、レイチェル・ポートマンの甘美な旋律と、秋の陽光を過剰に美しく捉えた映像によって、幾分マイルドに希釈されてしまっている。この「安全圏からの問題提起」とも取れる姿勢が、作品全体の強度を削いでいることは否めない。映画史的な相対化を試みるならば、本作はディケンズ的伝統を継承しつつも、同監督の『ギルバート・グレイプ』が持っていたような、制御不能な生の震えや痛切なリアリティを、洗練という名の下に手放してしまった「形式美の極致」と評せざるを得ない。
演出・編集・映像については、極めて高い職人技が光る一方で、それが作為的な「泣き」のポイントを強調しすぎている。ステイプルトンの撮影は、戦時中という時代背景の厳しさを消し去るほどに美しく、それが物語の深刻さと視覚的な幸福感の間に奇妙な乖離を生んでいる。
役者の演技に目を向けると、主演のホーマー・ウェルズを演じたトビー・マグワイアは、この作品の「空虚な美しさ」を象徴するような存在である。彼は孤児院という閉鎖社会で育てられた青年の無垢さを体現しているが、その表現は常に抑制されており、内面的な動揺が表層に現れることは稀である。彼は200文字以上の記述を要するこの役割において、あくまで「観察者」としての立ち位置を崩さず、周囲で起きる悲劇に対してどこか淡白な印象を与える。この「透明すぎる主人公」という造形が、作品全体に漂うどこか他人事のような、あるいは教育映画のような冷ややかさを生んでいる一因かもしれない。
助演のマイケル・ケイン(ウィルバー・ラーチ院長役)は、本作の良心と狂言回しを一身に引き受けている。彼の演技は、自らの正義のために法を破る男の苦悩を老練な技術で描き出しており、アカデミー助演男優賞を受賞したのも頷ける説得力がある。しかし、彼の慈愛に満ちた佇まいが、本作の「中絶」という重いテーマを道徳的に正当化しすぎているという批判も免れないだろう。
キャンディ・ケンドール役のシャーリーズ・セロンは、戦時下の不在を埋める孤独な女性を演じているが、彼女の美貌もまた、作品のリアリティを削ぐ方向へと働いている。彼女がホーマーに与える「外の世界」の経験は、過酷な現実というよりは、あまりに映画的なロマンスの域を出ていない。
アーサー・ローズ役のデルロイ・リンドーは、本作の中で唯一、生々しい人間の「罪」と「業」を体現している。彼のパートが持つ暴力性と緊張感こそが、本来本作が全編を通して維持すべきであった「痛み」であるが、それが物語の後半に唐突に挿入されることで、全体のトーンとの不協和音を露呈させている。
クレジットの最後を飾る有名俳優として、ウォーリー・ワーシントン役のポール・ラッドを挙げる。彼は後の活躍を予感させる清潔感のある青年を演じているが、彼が戦場で負う傷や、帰還後の悲劇さえも、ホーマーが「自分の居場所」を再確認するためのプロット上の装置として機能してしまっている。
音楽については、レイチェル・ポートマンによるピアノとストリングスを多用した旋律が全編を彩るが、これがいわゆる「感動の押し売り」に加担している側面は否定できない。特定の主題歌はないが、メインテーマの旋律は本作を「美しい物語」としてパッケージングする最大の功労者であり、同時に最大の障壁でもある。
本作は、第72回アカデミー賞で脚色賞と助演男優賞を受賞したが、それは90年代末のハリウッドが求めていた「良心的なリベラリズム」を最も心地よい形で提示したことへの対価である。しかし、一本の映画として見たとき、本作が提供するのは魂を揺さぶるような真の衝撃ではなく、よく整理された「道徳の授業」のような読後感である。その完成度の高さは認めつつも、映画が本来持つべき「野生」や「混乱」を欠いた、あまりに優等生的な一作として、私は本作を位置づける。

作品[The Cider House Rules]
主演
評価対象: トビー・マグワイア
適用評価点: C7(21点)
助演
評価対象: マイケル・ケイン、シャーリーズ・セロン、デルロイ・リンドー、ポール・ラッド
適用評価点: B8(8点)
脚本・ストーリー
評価対象: ジョン・アーヴィング
適用評価点: B+7.5(52.5点)
撮影・映像
評価対象: オリヴァー・ステイプルトン
適用評価点: A9(9点)
美術・衣装
評価対象: デヴィッド・グロップマン
適用評価点: B8(8点)
音楽
評価対象: レイチェル・ポートマン
適用評価点: B8(8点)
編集(減点)
評価対象: リサ・ゼノ・チョーギン
適用評価点: -1
監督(最終評価)
評価対象: ラッセ・ハルストレム
総合スコア:[75.4]

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honey

5.0 人生とは

2025年2月5日
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鑑賞方法:DVD/BD

泣ける

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キウイジャム

4.0 不可解な寮則

2024年8月27日
PCから投稿

サイダーハウスルールは超簡単に言うと妊娠中絶が道徳的に間違っていると考える若者が、実際に世の中を体験して、それが必要なものだと知る──という話です。

セントクラウドはラーチ博士(マイケルケイン)が院長をつとめる孤児院兼産院です。
博士は望まない妊娠をした女性の出産を手伝って赤ん坊を預り、ときには違法の堕胎も請け合う、博愛と現実主義を併せ持った赤ひげタイプの医師です。

孤児のホーマー(トビーマグワイア)はラーチ博士にたいして継父の恩義がありますが、外世界への好奇心が抑えられずりんご農園に就職します。

サイダーハウスルールが風変わりに見える理由は、登場人物が世に偏在する貴賤や差別から解放されているからです。
たとえばホーマーはラーチ博士の後継者としての医師から最底辺の期間農業労働者に転職します。北部とはいえサイダーハウスルールには黒人差別がありません。

倫理観が介入しないこともサイダーハウスルールの特徴です。ホーマーは職場仲介者であるウォーリー(ポールラッド)が戦地へ赴いている間に、あっさりとその妻キャンディ(シャーリーズセロン)の間男になります。仕事仲間のローズが懐妊したのは実父の子供でした。

英語のサイダーはりんご発酵酒のことだそうです。
サイダーハウスとはリンゴ農園の期間労働者が寝泊まりする宿舎であり、そこに誰も読んだことがない寮則(サイダーハウスルール)が貼ってあります。字をよめるホーマーが来たことでようやく書かれた内容があきらかになります。曰く、

ベッドでタバコを吸わない
飲酒したら粉砕機に触らない
屋根の上でランチをしない
暑くても屋根で眠らない
夜には屋根に上がらない

これらの寮則は、そこで現実におこっていたこと、たとえばキャンディと不倫したこと、あるいはローズが実父にやられていたこと、ローズの実父アーサーが自刀して決着をつけたこと──などに比べるとあまりにも的外れです。
現実には「屋根の上でランチをしない」ことよりも深刻な問題を抱えた期間労働者たちが無用のルールに縛られていることが風刺的にタイトルに反映されているのです。

そのことに敷衍して、中絶の問題は人命と倫理と宗教が絡み合い、反対に立脚する者の執心は頑ななものですが、世の中には望まない妊娠が存在します。
望まない妊娠が存在するのなら、それは外野の争論がどうであろうと、身籠もった当人が決めていいことです。
子を望まない妊婦に中絶をさせないのは、人権侵害以外のなにものでもありません。

すなわち「屋根の上でランチをしない」というルールをつくった者には、じっさいにそこで働いている者の気持ち=じっさいに妊娠した者の気持ちなんて分からない──とアーヴィングは言っているのです。

ウォーリーはビルマ上空で撃墜され下半身麻痺となり、ラーチ博士はエーテルの過剰摂取で亡くなります。ホーマーはローズの堕胎を請け負ったことで、ラーチ博士のあとを継ぐことを決意し、セントクラウドに帰ります。

2000年のアカデミー賞にてマイケルケインが助演男優賞、自身の小説を脚色したアーヴィングが脚色賞をとりました。筋書きが映画用に柔らかく変更されているそうです。

労働者のひとりをHeavy Dが演じていました。ロートルならNow That We Found LoveやマイケルジャクソンのJamでラップをやったHeavy Dを覚えているかと思います。

わりと知られた痛セレブ情報ですが、トビーマグワイアは誠実そうな見た目ですがモリーズゲーム(2017)でモデルとなったモリーブルームのポーカールームの最大顧客であり、性格は陰湿で最悪だった──と彼女に暴露されています。

imdb7.4、RottenTomatoes71%と77%。

サイダー(欧州読みのシードル)は酒だけでなく広義ではりんご飲料全般を言うそうです。80年代に大塚製薬からシンビーノアップルという炭酸飲料が販売されていました。当時は炭酸で果汁値の高いりんご飲料は珍しく、高価な飲み物でした。シードルというとあれを思い出します。

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津次郎

5.0 俺たちが作ったルールじゃない

2024年5月31日
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鑑賞方法:VOD

アメリカの大統領選挙と、それぞれの支持層に関わる動きの中で、今なお中絶禁止がホットな話題になっている。
最近でも、160年前の中絶禁止法が有効だと、アリゾナ州の最高裁が判断したり、今度はそれを州議会がひっくり返して無効化したりと、宗教的な問題や倫理観や女性の人権というよりは、幾分政治的な駆け引きを感じる。
ただ、日本でも経口中絶薬(アフターピル)がなかなか審査を通らなかったり、その使用の仕方について今も議論が分かれたりと、難しい問題なのは事実だろう。

この映画を初めて観た20数年前は、中絶について、それほど考えたこともなかったし、自分自身の知識も無かった。
配信で懐かしいタイトルを見つけ、今回、何気なく鑑賞したのだが、中絶に関わる問題に限らず考えさせられることが様々で、自分にとってタイムリーな映画だった。

映画の中で一番刺さったのは、季節労働者のリーダーのローズが、寝泊まりしている“サイダーハウス"の壁に貼られている“ルール”に対して発した「俺たちが作ったルールじゃない」という言葉だ。

為政者が統治する者に対して(あるいは、資本家が労働者に対して)一方的に示したルール。しかも、文字が読めないので、彼らはその中身を知らない。それ故に、何かしら得体の知れない存在感を持って、そこには厳然たる主従関係が存在していることを常に感じさせる役割を持った紙。

映画の後半でローズは問う。
「ここの住人は誰だ? りんごを潰してサイダーをつくり、後片付けまでしているのは? 酸っぱい空気を吸いながら暮らしているのは?」
そしてこう続ける。
「規則を作ったのは、ここの住人じゃねぇ。守る必要もない。俺たちが作るべきだ。今日から毎日。」

この言葉は、望まない妊娠により、様々な意味で子どもを育てられない親たちも、そして、その親や生まれた孤児たちに関わってきているラーチ院長はじめ孤児院の人々も、同様の思いなのではないか。
それ故にラーチは、ホーマーには医術を教え、経歴の偽造までして、自分の後釜に据え、孤児院の存在を守ろうとする。
自分はキリスト教に詳しくないので、孤児院の人々がどのようなスタンスの教義を信じているのか、映画の中の表現だけからは読み取れないが、現実問題として、毎日駆け込んで来る人々に対応している中で、その人に必要な措置を行っている孤児院は、まさに毎日、ルールを自分たちでつくり出している現場だ。

それにしても、何とか引き取ってもらおうと、養子を探しに来る人たちにアピールする子どもたちが切ない。
選ばれなかった子たちの尊厳を守りつつ、選ばれて行った子たちの幸せも祈るやりとりは、みんなで生み出した工夫なのだろう。

その他にも、様々な視点で考えさせられる問題がいくつも出てくるが、ストーリーとしてとても無理なくまとまっているのは、原作のジョン・アーヴィングが脚本を担当していることが大きいと思う。
それぞれのシーンごとの映像も美しく、心に残る。
また、りんごの収穫の仕方やコンテナの片付け方など、自分の経験とも重なり懐かしかった。

Huluで視聴。

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sow_miya