天空の草原のナンサ : 映画評論・批評
2005年12月20日更新
2005年12月23日よりシャンテシネほかにてロードショー
遊牧民の神話的世界と厳しい現実の狭間で
「らくだの涙」で注目されたダバー監督の新作は、彼女自身が脚本も手がけた劇映画だが、ドラマにはドキュメンタリー的な視点がしっかり盛り込まれている。主人公は彼女が探し出した遊牧民一家であり、母親がチーズを作ったり、一家がゲル(移動式住居)を解体していく過程などが、つぶさに記録されている。子供が日常のなかで自立心を養う姿も目を引く。ナンサは6歳にして馬を駆り、ひとりで羊の群れを率いて放牧に出る。
だが、そんな遊牧民の伝統的な生活は磐石ではない。彼らの生活にも近代化の兆しが見られ、草原を捨てて都会に出る遊牧民もいる。この映画は、伝統と近代化の狭間で引き裂かれかねない遊牧民の困難な状況を、人間と犬の関係を通して浮き彫りにしていく。
ナンサは洞穴で見つけた子犬を家に連れ帰るが、父親は飼うことを許さない。この映画で、“黄色い犬の伝説”や犬を埋葬する際の習慣は、輪廻において人間と犬が非常に近い関係にあることを物語る。しかし一方には、都会に出た遊牧民が草原に残した飼犬が野生化し、家畜を襲うという現実がある。無垢なナンサと子犬は、そんな遊牧民の神話的な世界と厳しい現実の境界に立たされているのだ。
(大場正明)