「パク・チャヌクの到達点」親切なクムジャさん inosan009さんの映画レビュー(感想・評価)
パク・チャヌクの到達点
刑期を終えて出所したクムジャに、出迎えた司祭が盆に載せた豆腐を差し出す。真っ白になって出直せという、出所者へのはなむけだ。しかしクムジャはそれを撥ね退ける。これから始まる彼女の壮絶な戦いへの決意を新たにするように。
「復讐者に憐れみを」「オールド・ボーイ」に続くパク・チャヌク復讐3部作の最終章だ。その卓越した映像表現と衝撃的な復讐劇の展開は前2作に勝るとも劣らない。復讐する者の怨念と哀しみ、そしてそれを見つめる作者の慈愛に満ちた眼差しは、むしろ、本作においてより深いものになったと言ってよい。
復讐にこだわりながらもこの作者が描くものは、それによって得ることが出来る壮快感や溜飲が下がる思いといったものではなく、復讐心にとらわれた人間の心の暗闇、苦しみや悲しみである。パク・チャヌクの描く主人公たちは復讐に突き進むことに躊躇しない。そのつのりつのった怨念が噴出する時、常人には思いもよらない残忍な方法で、その思いを晴らすのである。だがそのあとに来るものは何か。本作が前2作を凌ぐ秀作だと確信するのは実はここにある。
復讐を遂げはしたもののクムジャの心は晴れない。彼女はその復讐に巻き込んだ人々に自分の作ったケーキをとり分ける。その黒いケーキが彼女の心の暗闇を象徴している。それを他者に分け与えることで自身の暗闇を少しでも晴らそうとするかのようだ。そしてクムジャは娘のために真っ白なケーキを作る。その真っ白なクリームを娘は指で掬いその指を舐め、今度は母のためにクリームを指で掬う。しかしクムジャはそれを舐めることが出来ない。そんな母を許すように、娘は母の代わりにそれを舐める。たまらずクムジャは真っ白なケーキに顔を埋めてしまうのだ。
真っ白になれなかった自分を真っ白なケーキに埋め尽くしてしまおうとするその母を、娘が優しく抱きしめる。そんなふたりの上に真っ白な雪が降りそそぐ。荒んだ心も何もかも、真っ白になれと祈るように雪がふたりを包んでゆく。
復讐にこだわり続けたパク・チャヌクが第三作にしてようやく辿り着いた心の救済。映画史上稀に見る美しいラストシーンである。