「不実か潔白か」花様年華 sankouさんの映画レビュー(感想・評価)
不実か潔白か
幻想的な映像と『夢二のテーマ』が見事に融合した、一線を越えそうで越えない既婚者二人の切ないラブストーリー。
1962年の香港、同じ日に同じアパートに引っ越してきた新聞記者のチャウと商社で社長秘書を勤めているチャン。
チャウの妻はいつも残業で遅く家に帰り、チャンの夫は海外出張ばかりで家にはほとんど帰らない。
やがてチャウとチャンは顔を合わせるうちに親しくなっていく。
覗き見るようなカメラワークがとても印象的で、二人の秘密を共有しているような何ともいえない背徳感を観ているこちら側にも抱かせる。
そして意図的にチャウの妻とチャンの夫は声だけは聞こえるものの顔は画面に映らないようにしている。それぞれの画面に映らない配偶者の存在が、よりチャウとチャンの心が結び付いていく様を強調しているようにも感じた。
降りしきる雨の中を濡れながら走ってくるチャウと雨宿りをするチャンの姿や、屋台に出かけていくチャンとすれ違うチャウの姿など、同じようなシーンの繰り返しが、二人の心の距離を上手く表現しているとも思った。
お互いに身に付けているネクタイとバッグで、お互いの伴侶が不倫関係にあることに気づく二人。
どちらから誘ったのかは分からない、いつから愛に発展していったのかも分からない。しかしお互い惹かれ合い、密会を重ねながらも一線を越えることを恐れる二人。
雨の中濡れながら傘を取りに戻ったチャウに、一緒にいるところを見られるとまずいと躊躇うチャン。それならば後から追いかけるからと傘を差し出すチャウに、この傘を持っていたら一緒にいたことがバレてしまうと断るチャン。
周囲の目を気にしてあくまで潔白でいたいと願う二人の姿が健気でもある。
印象的だったのはチャンが夫に浮気をしていることを問いただすために、その練習をチャウ相手に行うシーン。
練習だと分かっていても浮気を肯定されると動揺を隠せないチャン。
それが後半の二人が別れを決意するシーンへの布石となっている。
チャウは「もう会わない」とチャンに別れを告げて去っていく。その言葉にとてつもないショックを受けるチャウ。
次のシーンでは「練習だと言っただろう」とチャウがチャンの肩を抱き寄せていて、チャンはチャウの肩に顔を埋めてすすり泣いている。
「切符がもう一枚取れたら、僕と来ないか」「切符がもう一枚取れたら、連れていって」
舞台は1963年のシンガポールに。結局チャウは一人でシンガポールにやって来たことが分かる。
そして二人は会うことなくすれ違う。再び舞台は1966年の香港へ。久しぶりにチャンはかつて住んでいたアパートを訪れる。
アパートの管理人だったスエンも香港を離れる決意をしていたが、チャンは再び前と同じ部屋を借りることにする。
その後にチャウがアパートを訪れた時にはかつて一緒に生活していた同居人もスエンもいなくなっていた。
チャンはそのまま息子と二人でアパートの部屋で暮らしていたのだが、チャウはそれに気づかずにアパートを去っていく。
さらに時は移ろいチャウはカンボジアのアンコールワットにいた。
修行僧が見つめるなか、チャウは穴の開いた柱に向かって何かを囁いている。
封じ込めたい秘密がある時は、穴に向かって囁く。かつてチャウは同僚にそんな話をしていた。
彼が囁いた秘密はもちろんチャンとの関係だろう。
二人の関係は一線を越えることはなかった。しかし画面には描かれていないだけで、実際にどうだったのかは分からない。
チャウが封じ込めたいと思えるほどの秘密が、二人の間にはあったのかもしれない。
色々と曖昧なシーンも多いので決して分かりやすい作品ではなかった。
それだけに描かれていない部分に想像力を掻き立てられる内容でもあり、いつまでも余韻の残る作品でもあった。
チャン役のマギー・チャンの憂いを帯びた美しい姿が印象的だった。