「「悪い警官は良心が眠らせない」」インソムニア すっかんさんの映画レビュー(感想・評価)
「悪い警官は良心が眠らせない」
◯作品全体
不眠症の主人公・ドーマーに向かって、エリーがドーマーのレポートから引用したセリフだ。そのときのエリーからすればこのセリフの前にある「いい警官は謎解きで眠れず」という言葉をドーマーに送りたかったのかもしれないが、ドーマーからすれば「悪い警官は~」の方に引っかかりを覚えたことだろう。少ない登場人物ながら、こうした会話の中で相関図の裏に隠れた真相や各々が握っている真実が見隠れしているのが面白かった。
所々でインサートされる「血が滲む」「スポイトで血を垂らす」カットが、眠りにつくことのできないドーマーの頭の中を描いたようなに使われる。物語の終盤でこの景色はドーマーが偽装した証拠であったことが明らかになるが、そうしたカットと同じように殺人事件の真相や同僚・ハップを殺してしまったときの瞬間も映され、ドーマーの「謎解き」と「良心」が入り乱れる精神を表現していた。そこに介入する殺人犯・ウォルターや、警察側の捜査状況がドーマーを取り巻く状況を更にかき乱す。殺人事件は最初だけなのに緊迫感のある展開が巧い。
ただ、作中最後のブラックボックスである「ドーマーが内務監査部に追われる理由」が今回の殺人事件で起きた出来事(事件そのものもそうだし、相手に弱みを握られる、エリーという真実を知った人物ができるといった出来事)とそこまでリンクしておらず、今回のような自らの過ちのもみ消しは初めてではなかった、ということが本筋の部分に影響してこなかったのは少し拍子抜けだった。冒頭のドーマーの振る舞いもそうだし、ハップ射殺もそうだし、決して「いい警官」とは映らなかったから、ラストのブラックボックスにそれほど驚きがなかった、というのもある。
それでも映像演出に寄ってドーマーの心情を切り取り、移り変わる相関図の中で足掻くドーマーを等身大の人物にしていたのはさすがだった。眠れない辛さ、というなかなか映像で伝わりづらく、それでいて身近にある苦しみの表現が印象に残った。
◯その他
・クリストファー・ノーラン映画は登場人物が見ている視界をハックするような演出が共通してある気がする。例えば眼の前にある事物を映していても別のことを考えている時間。その頭の中のイメージ映像の映し方がトラウマチックな表現だったり、フラッシュバックする不気味さみたいなものが上手だな、と感じた。眼の前にあるそのものの意味、というよりも登場人物が眼の前にあるものを見ている意味を追い求めているような。