クライシス・オブ・アメリカ : インタビュー
「羊たちの沈黙」のジョナサン・デミが描いた、アメリカの国家的危機を告発する新作「クライシス・オブ・アメリカ」が公開される。本国では賞レースには絡まず、注目されずに終わってしまった感のある本作だが、果たして監督が描きたかったこととは?
ジョナサン・デミ監督インタビュー
「これはアカデミー賞の作品賞に選ばれるべき作品だったんだ」 あずまゆか
新作「クライシス・オブ・アメリカ」こそ、本年度のアカデミー最優秀作品に選ばれるべきだったと、ジョナサン・デミ監督は笑いながらも、かなり真面目に語った。数年前には「羊たちの沈黙」でアカデミー賞を総嘗めにした監督である。素顔は知的で優しい紳士。何を聞いても丁寧にゆっくり答えてくれるデミ監督には安心感が漂っていて、なんとも心地良い。
――「クライシス・オブ・アメリカ」はアメリカの国家的危機を告発するような作品です。ジョージ・ブッシュ大統領の再選にはがっかりした私なのですが、あなた自身は自分の映画で世を変えたいとか、自分には変えるパワーがあると考えたりしますか。
「僕は60年代、若きアメリカ市民として、国のリーダーに嘘をつかれたと感じたり、その怒りを道端で表現する、ということを体験してきた。多くの市民がベトナム戦争を終わらせるためには何でもやらかす、という意気込みを持ったんだ。僕はすべての人種が正しい扱いを受けるための運動に身を投じてきた。世の中をベターにしたいと感じるアメリカ人たちと力を合わせて、自分たちは何かを達成できるというパワーを感じてきたんだ。
ところがいま、僕は自分の力のなさにがっかりする思いだ。ブッシュに対する怒りをどう表現していいか分からないんだ。ブッシュはまったく批判の声に耳を貸さないからね。この映画のレイモンドのように、まるでマインドコントロールされたような大統領さ。だけど僕は映画という世界では、1つの作品が1人の人間の考えを変えることができると信じている。僕自身、映画に影響されてきたからね。ベトナム戦争に反対するようになったのだって、フランスのドキュメンタリー映画『ベトナムから遠く離れて』(67)を観たのが、きっかけだったんだ。映画が人に影響力を及ぼすことは信じている。でも映画は歴史を変えることはできないんだ」
――今回、初めてメリル・ストリープと仕事をしてみて、あなたが一番驚いたことは?
「一番の驚きは、この偉大な女優がいかに気安い人柄で、着飾ったところがまったくない人だということだった。僕は彼女を監督するのが怖かったんだよ。自問したさ。自分はメリル・ストリープの監督と呼べるに値する監督か。僕が彼女に与えられるアドバイスなんて、いったいあるものか、ってね。だから彼女がオープンに受け入れてくれるタイプだったことが心から嬉しかった。彼女との仕事は、こんなに心地よいものかと驚いたんだ。タフになるかもしれないと恐れていたのだから」
――監督としての、あなたの武器は何ですか?
「脚本。そして、僕にはそれを現実的なものにするキャストが必要だ。そして音楽は、映画を良いものにするために与えられる最後の大切なチャンスだ。映画は耳から入ってくるものが、いかに重要なのかってことを僕は主張したいね」
――つまり良い脚本などを見分けるいい目があることなどが、あなたの監督としての強み?
「良い脚本への感謝の気持ちが、僕の武器だね。僕は撮影所で観客を代表するのが、自分なのだと思っている。この映画をどんなふうに観られたら、僕たちは一番楽しめるだろうか。それをみんなに伝えるのが、僕の仕事だと思っているんだ」
――あなたの長年の功績を振り返って、一番のサクセスは?
「フィルムメーカーとして生計を立てられることが、なによりも成功だと思う。僕の仕事はとても刺激的で、収入の良いキャリアだ。もともとは地元で映画評論家をやっていて、パブリストになって、ロジャー・コーマンと出会って、彼から脚本を書くように依頼されて、それをプロデュースするようにと言われたんだ。映画業界で仕事しようと追求していたわけでもないのに、映画界での命を授かり、僕は本当にラッキーだと思う」