BAD GENIUS バッド・ジーニアス : 映画評論・批評
2025年7月15日更新
2025年7月11日より新宿バルト9ほかにてロードショー
リメイクで加わる多人種のスパイスで、改変された終盤がより複雑な味わいに
2017年にタイで製作された「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」は、アジアの複数の国でタイ映画の歴代最高興行収入記録を更新するなど世界的にヒットし、日本公開時も大いに話題になった。筆者は同作の評論も担当したが、「集団カンニングを犯罪映画のスタイルで魅せる」独創性こそが大ヒットの要因だったように思う。
これをハリウッドのスタッフとキャストでリメイクした「BAD GENIUS バッド・ジーニアス」は、そうしたスタイルや人物設定をかなりの部分で踏襲。試験の規模と難度が増すのに応じて巧妙化するカンニングの手口もほぼ忠実に再現している。ただし人物設定に関して、オリジナルの「片親で貧しい天才2人と、裕福な親を持つ凡才2人の対照性。格差社会の縮図のような4人」の部分はそのままだが、主人公リンがアジア系、もう1人の天才児バンクがアフリカ系、そして裕福な凡才2人が白人という人種の要素を加え、欧米社会で根深い白人対有色人種というもう1つの格差・不平等のレイヤーも重ねることになった。

(C)Stewart Street LLC
本作で長編監督デビューを果たしたJ・C・リーと、脚本をリーと共同で書いたジュリアス・オナーの初タッグが2019年製作の「ルース・エドガー」と聞いて、多人種の要素が加味されたことが腑に落ちる人も多いだろう。同作は、白人の養父母に育てられたアフリカ出身の優秀な男子高校生が、歴史のレポートをきっかけにアフリカ系女性教師と対立し、その影響がそれぞれの家族や同級生らに及んでいく話。多民族のルーツを持つリーが自作の戯曲を元に脚本を書き、ナイジェリア系アメリカ人のオナーが監督を務めた。実体験からも人種や移民の問題に意識的であり続けたリーとオナーのコンビにとって、「BAD GENIUS バッド・ジーニアス」に多人種のスパイスを効かせることは必然だったのかもしれない。
本編の長さは、オリジナルの130分に対しリメイク版が97分。展開がスピーディーになった一方で、人物描写が若干浅くなったきらいはある。とはいえ、たとえばアフリカ系の苦学生バンクが、近所でたむろするアフリカ系不良集団から「クンタ・キンテ」(日本放映時も大人気だった米国製ドラマ「ルーツ」の主人公である黒人奴隷の名)と揶揄されるくだりなどは、同じアフリカ系同士の間にも差別や対立が生じうる複雑さを描いている点で、「ルース・エドガー」から一貫した問題意識が見てとれる。
ただしこのリメイクが2020年代のアメリカで製作されたことは、タイミング的には微妙だったかもしれない。同国で1960年代以降段階的に採用されてきたアファーマティブ・アクション(入試や雇用における人種やジェンダーの格差を積極的に是正する措置)を、2023年の米最高裁が違憲だとする判断を下した。さらに今年、トランプ政権がハーバード大学に留学生数を半減するよう求めたり、一部の中国人留学生のビザを取り消すと発表したことも記憶に新しい。そんな多様性への逆風が強まる状況下で、有色人種の苦学生らが裕福な白人学生から金で雇われてカンニングするという筋には、現状への憂いを一層募らせる、作り手が意図しない副作用があったのではないか。「BAD GENIUS バッド・ジーニアス」の予算規模は明かされていないものの、初タッグ作の「ルース・エドガー」がティム・ロスとナオミ・ワッツ、オクタビア・スペンサーという主役級スターを3人も配していたのに対し、今作で世界的に有名な俳優が「ドクター・ストレンジ」シリーズのベネディクト・ウォン(リンの父親役)だけという差も、そのあたりの事情が製作段階で影響したからではないかと推測する。
ともあれ、リー監督と共同脚本オナーのコンビは、終盤でリンが受験会場を脱出して以降の筋を改変し、元のタイ映画を覚えている観客も驚き楽しめるラストを用意した。多人種のスパイスによってより複雑な味わいに、そしてよりポジティブな余韻になったと評価できるだろう。
(高森郁哉)