君の声を聴かせて : 映画評論・批評
2025年9月30日更新
2025年9月26日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにてロードショー
思いを伝える上で大切なもの、失われつつあるものを浮かび上がらせていく
SNS時代において、世界とのつながりは容易になり、他者とのコミュニケーションも便利になった一方で、顔の見えないSNS上での対話が誤解を生んだり、無自覚な投稿によって誹謗中傷を受けるなど、交流が逆に複雑化し、文字だけでは真意が伝わらない弊害も生んでいる。そんな中で、自分の気持ち(本当の声)を伝えるには、目を合わせることの大切さを、映画「君の声を聴かせて」が改めて気づかせてくれる。
作品は、手話を通して愛を育んでいく男女の恋の行方を、爽やかな夏の日々とともに描いた青春ラブストーリー。2009年の台湾映画「聴説(Hear Me)」(監督・脚本:チェン・フェンフェン)を15年の時を経て韓国でリメイクした。物語の基本ラインは、恋のときめきと人生の迷いを、美しい夏の日々とともに清々しく繊細に描いており、王道のラブストーリーと言える。

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だが本作は、主人公たちが手話によって心を通わせていくことで、他者に思いを伝える上で大切なもの、SNS時代に失われつつあるものを浮かび上がらせていく。もちろん、これまでにも聴覚障がい者(ろう者)を描いた映画は数多く製作されてきた。第35回アカデミー賞で女優賞と助演女優賞を受賞した「奇跡の人(1962)」をはじめ、「愛は静けさの中に」(第59回アカデミー賞主演女優賞受賞)、韓国映画「トガニ 幼き瞳の告発」、北野武監督「あの夏、いちばん静かな海。」、アニメでは「映画 聲の形」など、近年では第94回アカデミー賞で作品賞ほか3部門を受賞した「コーダ あいのうた」が記憶に新しい。
大学を卒業したが、やりたいことが見つからずに両親が営む弁当屋を手伝うことになった就活生ヨンジュン。そんな矢先、聴覚障がい者ながら水泳のオリンピック代表を目指す妹ガウル(キム・ミンジュ)を懸命に支えるヨルムと出会い一目惚れすると、大学で習った手話を通じて心を通わせてゆく―。
手話ができない観客は、スクリーンの字幕によって彼らの会話の内容を理解することができるが、音のない世界で生きるとはどういうことなのかを、真の意味で理解しているとは言えない。ただ、映画では一つの手法として、シーンを無音にすることでその世界を表現し、本作でも要所で挿入される。そんな本作を見ていると、1927年にトーキー映画が誕生するまで映画はサイレント(無声)であったことを、ふと思い返し、映画が持つ本来の力を示す作品であるとの思いに至る。
就活生ヨンジュンを演じたホン・ギョンがプロダクションノートで「手話は相手が今、自分にどんな気持ちを伝えたいのかが見える言語。だから手話は一時も相手から目が離せません」と述べ、姉ヨルムを演じたノ・ユンソも「手話は非言語的な表現ですが、表情がとても大事だと思いました」と振り返っており、誤解を恐れずに言えば、例え字幕がなくても彼らの目と表情からその思いが伝わってくる。
聞こえない、聞こえ難いという他者といかに会話するかという偏見を越えて、真心を通わせるには、相手の目を見て、表情をくみ取ること。コロナ禍で加速したソーシャルディスタンスによって、さらに直接のコミュニケーションを避けるようになってしまった社会に生きる人々にとって、本作の「君の声を聴かせて」という邦題が鑑賞後に深い余韻を残す。
(和田隆)