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韓国映画っぽくない話と思ったら、台湾映画のリメイクでしたか。
26歳にもなって将来を決められず定職もないヨンジュンは、お弁当屋の無気力ドラ息子かと思いきや、とても思いやりのあるいい子。26歳でぶらぶらしているのは兵役を終えたばかりとか?(ぶっちゃけ、はじめのうちはストーカーっぽくてちょっと気持ち悪い)
ヨルムはティーンエージャーかと思ったら26歳。
こちらもバイト程度しか仕事していないのはなぜかと思えば、妹の世話のため。
なぜそこまで妹に心身をささげるのか
両親は聾者ながらヨルムを自己犠牲を当然とするような育て方をしていないのに、ヨルムの無意識の自己犠牲が不思議というか違和感があるが、彼女はCODAで、家族の中で自分だけ健常なので、自分が家族を守らないといけないという過剰な責任感が生まれた時からあったからだというのが分かる。
「守られる」側にしたらそこまで望んではいないのに。
母も妹も力説するように、「ヨルムはヨルムの人生を生きてほしい」それに尽きる。
人のために自分の人生をささげるような生き方をするな。
それは何もヨルムのためだけでなく、両親や妹、保護の対象と見られている側にすれば、絶えず自分たちがヨルムの幸せを搾取しているという意識になってしまうし、妹の言うように「自分の気持ちではなく、姉の期待に沿えない自分が嫌になる」ような互いに縛りあうような関係が続いてしまう。
妹・ガウル、良く言った!
賢者の贈り物みたいな、互いに相手を思いやるがゆえに生まれた軋轢がちょっとした事件になったが、この際ヨルムの考え方の軌道修正をするいい機会だったようです。
「CODA あいのうた」とも「ぼくが生きてる、ふたつの世界」とも違う話で、人の数、家族の数だけ違うストーリーがありますね。
プールで聾者をバイキン扱いするおばさん、韓国ではあんなこと良くあるの?
ヨンジュンの両親がとってもいい感じ。この親にしてこの子あり。
一人息子の彼女が聾者と知って葛藤する母も自然だし、彼女がバイトの面接に来るからってふたりで正装してカチコチで待ってんの、しかもフリップまで作っててなんか泣けます。
特にパパは、おおらかでとぼけてるだけでも素敵なのに、人の真理をついちゃってたりする(無意識)
「耳が聞こえても話の分からないやつもいる」名言です。
(ヒョン・ボンシク、良いよね、一度見たら忘れないたたずまい、この前はマブリー兄貴と共演でしたよね~)
ヨルムが聾者だという証拠がないのに、スクーターに普通に乗っているのに(韓国の運転免許事情分かりませんが)、ヨンジュンなんで確認しないんだろう、と思っていたが、それがこの映画のミソだったんですね。
ヨルムの過剰な責任感と自己犠牲精神の理由など、そうだったか、と最後に一気に肚落ちする構成。
プールでの告白がしっかり効いて(いや聞いて)いました。
さわやかで、先に光しか見えないいい映画でした。