「おかっぱよりも風圧を選択するトム」ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング 蛇足軒妖瀬布さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0おかっぱよりも風圧を選択するトム

2025年5月21日
iPhoneアプリから投稿

映画版1作目で、
あろうことかフェルプスを亡き者にして、

新キャラ、イーサン・ハントでのスタートは、
さまざまな話題を呼んだシリーズの、

その根底に流れるDNAを呼び起こす。

そして、その流れを未来に繋ぐかのような、
まさに究極のエンターテイメント作品となっている。

本作でラストなのかどうかはわからないが、
「ファイナル」というタイトルを冠する意味を、
観客は肌で感じることになるだろう。

〈このテープは自動的に消滅する〉
という導入から始まる、

VHSでもベータでもない、
謎のテープ、
不思議なメディア、ガジェットが、

イーサン・ハントの前に提示されるその瞬間から、

「ミッション:インポッシブル」【スパイ大作戦】が、
辿ってきた壮大な旅路へと引き込まれるように、
細かなカットの連続に見入ってしまう。

ミッションを受けるまでのプロセスが、

時にレコードやオープンリールのテープ、
電話ボックスといった、
アナログメディアを駆使し、

バラエティに富んだ演出を見せていた、
テレビシリーズのシーズン1を思い出す。

メディアが自動的に消滅せず、
ブリックス自ら処分する(シーズン2以降はフェルプス)回もあった、

オリジナルシリーズの遊び心と緊張感、
そして細部へのこだわりが、
本作を単なるアクション映画の枠を超えた、
特別な存在に押し上げている。

本作の根底には、
シリーズの生みの親、

冒頭のクレジットにもあるブルース・ゲラーが築き上げた、
おもしろすぎるアイデアの数々が脈々と息づいている。

全編にわたって耳にするラロ・シフリンの象徴的なアレンジの多用は、
長年のファンにとっては何物にも代えがたいだろう。

それは単なるBGMではなく、
作品の血肉となって観客の心に高揚と郷愁を呼び起こす。

さらに、驚いたのはフェルプスの息子まで登場し、
イーサンと握手を交わす。

これは、
やはりファイナルなのかという驚きと感動を与えてくれる。

単なるファンサービスではなく、
過去と現在、
そして未来へと続いてほしいシリーズの壮大な物語性を感じさせる瞬間だ。

おかっぱのトムはかっこよくない、
編集でカットする事もできただろう、
だが、
かっこわるいよりも、
風圧のものすごさを魅せる、
作品のクオリティを上げる選択をする、
トムがかっこいい。

「イーサンならやってくれる、世界の危機から救ってくれる」

そして、

〈トムならやってくれる、映画の危機から救ってくれる〉

そんな過去への深いオマージュと、未来に向けた力強い意志が、

世界を背負ったイーサンには漲っていて、

やっぱりトムなら次もやってくれそう・・
「僕を信じてほしい」という背中に哀愁を感じた。

【蛇足】

「映画はオワコン」という共通認識が囁かれる現代において、
トム・クルーズとクリストファー・マッカリーは、

『ローグ・ネイション』以降、
作品の軸足を「チームワーク」から「イーサン・ハント個人の超絶技巧」へと大胆に変革させてきたことは、

製作費200億円、
興収2000億円の、
観客動員こそが、
最重要ミッションとされる、
まさに現代エンターテインメント界における、
生存戦略の最前線を示すものだ。

もはや映画は単なる〈クリエイティブ〉な表現の場に留まらない。

そこには、観客への〈ホスピタリティ〉、
すなわち「いかに圧倒的な体験を提供できるか」
という興行師としてのセンスと哲学が色濃く反映されている。

これは、他ジャンルに例えるなら、

サーカスの空中ブランコ芸人が、
華麗な技術を磨くこと以上に、
「セーフティネットを外す」ことで観客の度肝を抜く、
という行為に近い。

あるいは、
プロレスラーが鍛え抜かれた技を披露するだけでなく、
「金網デスマッチ」や「電流爆破」といった危険な装置を導入して、
観客の原始的な興奮を煽ることに似ている。

危険であればあるほど、観客は熱狂する。

この原則は、古代ローマ帝国の剣闘士の時代から、
バスター・キートン、ジャッキー・チェンといったアクションスターに至るまで、脈々と受け継がれてきたエンターテインメントの普遍的な真理だ。

そして、その極致が今、『ファイナル・レコニング』で繰り広げられる。

トム・クルーズが「役者が死ぬかもしれない」と思わせるほどのスタントに挑む姿は、もはや演技の範疇を超え、命を懸けた「見世物」としての本質を露わにする。

映画界のライバルは、
もはや他の映画作品ではない。

MLBであり、サッカーであり、格闘技なのだ。

これらのスポーツが持つ、
「何が起こるかわからないライブ感」や
「身体能力の限界への挑戦」といった要素が、

観客を熱狂させる現代において、
映画もまた、同等のスリルと興奮を提供しなければ生き残れない。

『ファイナル・レコニング』は、
映画が「オワコン」どころか、
むしろ「危険と隣り合わせの興行」として、
その命脈を繋ごうとする、

まさに「映画の最後の希望」とも呼べる作品だ。

この首の皮一枚の綱渡りを成功させるためには、
大谷翔平のような、規格外の才能と求心力を持つ「ヒーロー」が映画界に現れ、

そして、彼らが活躍できる場が作られるかどうかにかかっている。

トム・クルーズは今、その「ヒーロー」として、
自らの肉体を張って映画の未来を切り拓こうとしている。

彼の「命懸けの興行」が、我々に、そして映画界に何をもたらすのか。

あらためて、
メインビジュアルの「僕を信じてほしい」というポスターをじっと見つめる。

蛇足軒妖瀬布
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