劇場公開日 2025年3月14日

「魅力的なキャラクター達によって紡がれる、普遍的なメッセージ」Flow 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0魅力的なキャラクター達によって紡がれる、普遍的なメッセージ

2025年3月18日
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鑑賞方法:映画館

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【イントロダクション】
ラトビア共和国出身の若手クリエイター、ギンツ・ジルバロディス監督による長編アニメーション。世界が大洪水に飲まれた世界で、流れてきたボートに乗り合わせた動物達の冒険を描く。2025年ゴールデングローブ賞アニメーション映画賞受賞。第97回アカデミー賞長編アニメ賞受賞。

【ストーリー】
森の中で自由奔放な生活を送っていた1匹の黒猫。しかし、ある日突然大洪水が森を襲い、森は海に沈んでしまう。黒猫をはじめ、森に棲息していた動物達は住処を失い、流れてきたボートに乗り合わせる形で次第に仲間が増えていく。やがて、猫達は想像を超えた冒険を繰り広げる事になる。

【感想】
全編台詞なし。アニメーション表現による動物達の仕草や機微によって、彼らの感情を表現する。製作費僅か350万ユーロ(5.5億円)、スタッフは総勢50人程という極めてインディペンデントな作品ながら、動物達のリアルな動き、大洪水によって水没した世界という世界観描写は圧巻。
また、各場面で流れる荘厳な音楽が、本来小さな冒険であるはずの彼らの旅を壮大に盛り上げている。

台詞を拝したアニメーション作品では、近年では『ロボット・ドリームズ』が記憶に新しいが、あちらは80年代ニューヨークの生活風景を犬やロボットに擬人化し、Earth, Wind&Fireの『September』をコミュニケーションツールとして用いていた。
それに対して、本作は動物達はそのまま野生を生きる動物達として描かれており、より一層攻めた作りとなっている。

物語全体の主人公は猫だが、彼と共にボートに乗ることになる犬やカピバラ、キツネザルにへビクイワシらは、皆それぞれの魅力を存分に発揮している。

猫…恐らく飼い主のものと思われる家で、自由奔放に孤独な生活を満喫している。猫らしく警戒心が強く、水が大の苦手。しかし、旅を通じて水を克服して泳げるようになり、魚を獲れるまでになる。

犬…好奇心旺盛で、誰に対しても積極的に接する懐っこい性格。仲間達と行動を共にしていたが逸れてしまい、ボートに乗り込む。

カピバラ…マイペースな自由人。しかし、猫やキツネザルをボートに乗せたりと根は優しい。

キツネザル…住処にガラクタを蒐集する事を楽しんでいたが、水没によって一部のお気に入りと共にボートに乗り込む。特に手鏡がお気に入り。

へビクイワシ…猫に魚を分け与えたり、溺れそうになった所を助けたりと、度々猫の窮地に手を差し伸べる。猫を追い詰めようとした群れのボスと対立し、右翼を負傷した事で群れから孤立、ボートに乗り込む。見事な足捌きによる操舵でボートを操る。

とにかく、この個性豊かな面々が織りなす冒険が観ていて楽しい。
私自身、現在猫を飼っており、過去に犬を飼っていた経験もある事から、動物達のリアリティある仕草の数々には思わず、「そうそう!ウチの子もそういう動きする(してた)!」と心の中で幾度となく頷いてしまい、鑑賞中は口角が上がりっぱなしだった。同時に、度々窮地に陥る猫にハラハラさせられる。

また、台詞が無いにも拘らず、彼らの仕草からは今にも声が聞こえてきそうな感覚を覚える。猫は溺れそうになった所をへビクイワシに助けられ、掴まれた状態で空を飛ぶが、その際に身を捩って暴れる姿は「放せ、放せ!」と言っているように映る。
猫を追い詰めようとする他のへビクイワシから、猫を守ろうとボスの前に立ち塞がるへビクイワシからは「やめて!乱暴しないで!」と言っているよう。
ボートが大破し、逃げ場を失った犬の仲間達を救助しようと、犬とカピバラが舵を掴んでへビクイワシに訴えるシーン。最後に賛同する猫の“ニャオ”という鳴き声は、まるで「助けてあげようよ」と言っているよう。

台詞などなくとも、本作のような豊かなアニメーション表現の前では、我々はキャラクターの行動に意味を見出し、発せられていないはずの“心の声”を聞く事が出来る。それは、監督からの観客の「想像力」や「感受性」への信頼の表れではないだろうか。

監督・脚本・音楽のギンツ・ジルバロディスをはじめ、共同脚本とプロデューサーを兼任するマティス・カジャも1990年代生まれというフレッシュさに驚く。それと同時に、若手クリエイターによるアニメーションの新時代の到来に胸が躍る。

【考察】
本作は、まるで人間の登場しない「ノアの方舟」。しかし、ノアの方舟が神の命による限られた命の救済であるのに対し、本作は猫をはじめとした動物達それぞれの「勇気」と「優しさ」によって、過酷なサバイバルに挑んでいく。

クライマックスで、猫は冒頭からずっと遠方に見えていた岩山に辿り着く。そこには既に、旅を共にしてきたへビクイワシが居り、2匹で天を見つめる。すると、水滴が宙に浮き始め、オレンジ色の無数の小さな光が、まるで宇宙かのように2匹を取り巻き、猫とへビクイワシも宙に浮かんでいく。
やがて、へビクイワシは無数の光と共に天高く昇って消えてしまう。残された猫は、再び仲間達の居るボートに合流しようと、海へ入る。

2匹を取り巻いた無数の光は、恐らくこの大洪水によって亡くなった小さな命の数々だろう。そして、へビクイワシもまた、彼らと共に天に召されてゆく。しかし、猫だけは再び地上に戻される。これは、猫にはまだやるべき事がある、示すべき勇気と優しさがあるという事ではないだろうか?
へビクイワシは、種の壁を越えて度々猫の窮地を救い、ボートを操舵して仲間達を導いてきた。それは、紛れもない利他的な行為。その美しさから、へビクイワシは天国の門を叩く事を許されたのではないかと思う。
しかし、猫はまだ優しさを学び始めたばかり。途中、仲間達に魚を分け与えたりもしたが、まだまだ猫には生きて学ばねばならない事があるのだろう。だから、天は猫を地上へと戻したのだ。

木に引っかかった船からカピバラを脱出させる為、猫が垂らしたロープを皆で引っ張る綱引きの際、犬の仲間達が近くを走り去った兎を追いかけてその場を離れていく中、犬は同族か旅の仲間かという選択を迫られる。仲間の方を一瞥しつつ、犬は決意を固めて、再びロープを引く。かつてのコミュニティを離れ、新しいコミュニティに属す事を決意したあの瞬間の表情が良い。

カピバラの脱出により、再び揃う事が出来た旅の仲間達。しかし、ヘビクイワシだけが居ない。猫は恩人を想って天を仰ぎ、1匹で駆け出す。辿り着いた先では、これまた恩人である鯨のような巨大な水性生物が、陸に打ち上げられて弱っている。しかし、猫にはどうする事も出来ない。彼の口元に歩み寄り、頭を擦り付ける(猫がする好意を示す仕草)のが精一杯。そんな猫を見つめる鯨の小さな瞳が切ない。

ラスト、水溜りに反射した自分達を見つめる猫。冒頭で1匹孤独に水溜りに映る自分を見つめていた時とは異なり、隣には犬、カピバラ、キツネザルが居る。それは、共に苦難を乗り越えた事による、種を超えた絆。互いが互いを思い合い、手を差し伸べる「優しさ」という行動の果てに得たもの。彼らは、この先の未来を共に生きていくのだろう。しかし、そこにヘビクイワシは居ない。
旅を通じて、それぞれが新しく得たものと、失ったもの。出会いと別れの混在する、切なさと希望を感じさせるラストの余韻が、鑑賞後もゆったりと続く。

「危機的状況下において最も重要なのは、他者への優しさとそれを示す勇気である」
普遍的ながら、そのメッセージの力強さに心打たれた。

【総評】
豊かなアニメーション表現と魅力的なキャラクター達によって紡がれる普遍的ながら力強さに満ちたメッセージ。私にとって宝物となる一作になった。

緋里阿 純