劇場公開日 2024年10月18日

「脚本に難あり」DEADMAN 消された男 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5脚本に難あり

2024年10月21日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

悲しい

2006年の「グエムル 漢江の怪物」でポン・ジュノ監督とともに脚本を共同執筆したハ・ジュンウォンの商業映画監督デビュー作だそう。この監督さん、写真では40代くらいの外見だが、「グエムル」のほかはキャリアに関する情報がほぼ見当たらない。あるインタビューで「名義貸し」を取引に悪用する犯罪について5年近くリサーチしたと語っているので、自身が手がけた脚本に実際の手口をある程度は反映させたものと考えられる。とはいえ、主人公の名義が使われた会社を経由した不正な金が有力政治家の資金になっている流れがざっと描かれるのみで、実録と呼べるくらいに犯罪の詳細を説明するわけではなく、経済犯罪の手口に興味をそそられるほどの具体性もない。

それ以外にも、脚本にいくつか難点がある。主人公イ・マンジェは巨額横領の濡れ衣を着せられ、有力政治家を陰で支える裏組織の力で中国の私設刑務所に送られ死んだことにされるのだが、そもそもそんなに大きな力を持つ組織が秘密を知るイ・マンジェを生かしておく必然性がない。近い将来大統領職を狙う政治家と彼を支える組織にとって、横領事件の真相がばれるリスクを最小限にするには、時間と金をかけて私設刑務所に閉じ込めておくよりさっさと口封じで殺すほうがいいはず。死んだことにされた男(デッドマン)が絶望的な状況から舞い戻ってきてリベンジする筋のためのご都合で、まず序盤の前提から説得力に欠けるのだ。

そのほか、イ・マンジェはさして苦労することなく、政治コンサルタントのシム女史、横領事件のせいで父親を亡くした娘コン・ヒジュといった仲間を得るのも、都合よくお膳立てされている感じでいただけない。それにコン・ヒジュの父親の死に方も中途半端で、どうせなら意図して自殺するか、あるいは裏組織に消されるかしたほうが、復讐を誓う娘への観客の共感も高まったのでは。

そんなわけで、さして没入も共感もできないまま、イ・マンジェたちによるリベンジプロジェクトが都合よく進んでいくのを傍観する感じ。サスペンスやアクションの演出は悪くないと思うので、ハ・ジュンウォン監督にもし次回作があるなら、脚本は別の人に頼むか、せめて共同脚本にしたらよいのではないか。

高森 郁哉