劇場公開日 2025年8月8日

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アイム・スティル・ヒア : 映画評論・批評

2025年8月5日更新

2025年8月8日より新宿武蔵野館ほかにてロードショー

「私はここにいる」―映画に込められた作家の強い意志

I’m Still Here ―「私はここにいる」。
 なんて素敵な言葉なのだろう。タイトルを目にしただけで、「今、自分がどこにいて、どんなことと向き合っているのか」を描く作品なのだと分かる。自分の居場所が定まっているからこそ、拉致された夫が帰る唯一の場所を知らせる灯火となる。その光は届くかどうかは分からない。でも、それだけを信じて私は家族とここにいる。内に秘めた静かな決意が心を締め付ける。

ブラジルを舞台とするこの作品を観ながら、アルフォンソ・キュアロン監督がメキシコで自らの生い立ちを描いた「ROMA ローマ」(2018)に思いを馳せた。アプローチも描かれるテーマも全く異なるけれど、創作の原点にある想いは共通しているに違いない。時代の趨勢が、昨日までとは異なる生き方を要求し、理不尽な行為が家族の日常を破壊する。二階の窓から見たあの瞬間の衝撃、「描かれなければならない体験」こそが、映画化への初期衝動となり今につながる歴史を語る作品に結実していた。

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この姿勢はライアン・クーグラー監督の「罪人たち」(2015)の背景にも重なる。コーンウィスキーとブルースを何よりも愛したという叔父が語った「ほんの僅かな心を癒すひととき」とは何だったのか。苦渋に満ちた重き代償を払わされながらも、生きることを肯定し続けた先達に対して、クーグラー監督が映画にぶつけた複雑な想いと彼らの経験を踏まえて自分が生きた証を示すこと。全編に通底する強い意志が映画の原動力となり片時もブレない。だからこそ「罪人たち」はカテゴリーの枠を超える特別なものとなり、アフロ系アメリカンの矜持があらゆる壁を超えたのだ。

ブラジルを代表するウォルター・サレス監督が、12年振りにメガホンをとったこの作品は1960年代の幼少期に遡る。家族ぐるみで交流があったパイヴァ家のマルセロ・ルーベンス・パイヴァが2015年に発表した家族の回想録を読んだ監督は、胸の奥が激しく震えたという。

独裁政権によって存在そのものを消された元国会議員のルーベンス・パイヴァ(セルトン・メロ)と、5人の子を抱えて取り残された母エウセニ(フェルナンダ・トーレス)の物語は、その人となりを知る監督に、彼女と家族が生きた軌跡とその背後にある国家の陰謀を描かなければならないと決意させた。

今、世界は憂いの時代を迎えている気がしてならない。監督は映画化に費やした七年間のあいだに「ブラジル社会は再び暗い過去の重い影へと危うく傾いた。その現実が、この物語を『今』語らなければならないという切迫感を、私にいっそう強く抱かせた」と語っている。

決して沈黙してはならないと心に決めたエウニセの声が結実した本作は、第81回ヴェネツィア国際映画祭で脚本賞、第82回ゴールデングローブ賞ドラマ部門で主演女優賞を受賞し、第97回アカデミー賞®国際長編映画賞の栄誉を受けた。作家の強い意志が映画を確かなものにしている。

髙橋直樹

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