マリウポリの20日間のレビュー・感想・評価
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涙が止まらない1時間50分
高校生の時、ずっと外国暮らしで高校から日本で暮らし始めた友人がヒロシマの原爆映像を見せられる8月の定番学校行事を経験したんですけど、「何であんな酷いものを見せられるのか意味が分からない、二度と見たくない」と言っていたんですよ。
友人は悪い人間じゃないですが、思い返すととんでもねえひでえ感想ですね。
当時は「その気持ちも分かる~」程度でしたが、対岸の火事だと思ってる第三国の人間こそが、その被害をしっかり見るべきだと思いました。
50年後の教科書にはこの戦争も一行で書かれて終わりですよ。
外国の教科書にだってヒロシマとナガサキは一行なんでしょうよ。下手したら書かれていませんよ。
ビヨンドユートピア(脱北ドキュメンタリー)と並べて義務教育課程に入れるべき貴重な映像作品です。
この二時間を24時間365日ウクライナの人が体験していることを皆が知らなければならない。
そして全員で夜神月になろう。
純粋に疑問なんですけど、あんなに街の機能破壊して国民意識悪化させてから侵略するの何の意味があるの?
プーチンとゼレンスキーで殴り合いして勝った方が元気いっぱいのままの街そのまま貰うってした方が損害も恩恵も多くない?
やっぱり偉い人の考えることって分かんない。
見易かった
1人のAP通信の記者が、マリウポリで過ごした20日間の記録。1日ずつ、最初に日付画面を挟んでその日の映像が流れる形で、世界で最もリアルな日記とも言えると思う。
銃撃戦のような戦闘シーンよりは、街や人々の様子がメインの作品。
1時間半ちょっとという尺に加え、“どこを捉えた映像でどういう状況の映像なのか”という点も明確な分、だいぶ見易いと思います。観て後悔することはないはずです。
史料的価値の高いドキュメンタリー映画だが。これは地獄の黙示録か?
撮影機器の小型化、デジタル化により撮影クルーの機動力が高まったことがこの優れたドキュメンタリーの制作につながった。包囲戦の中、包囲されている側にあって20日間もの期間の記録を撮り、そのデータを全て持って脱出に成功したというのはかなり稀有な例となるのではないか。さらにこのスタッフは軍に保護されつつウクライナの軍行動を取材しているのではなく(途中から軍関係者と同行はしているが)病院などの一般施設に起居して一般人中心への取材を行っているのが特徴である。
そのため、このドキュメンタリーの史料としての価値は高い。すなわち、マリウプリで行われたことは軍同士の戦闘行為ではなく、軍による一般人の虐殺であったことを一般人からの視点に立つことにより明確に裏付けているのである。
だからロシアは、このドキュメンタリースタッフが撮影した2022年3月9日の産婦人科病院への爆撃による惨状の映像を恐れ、フェイクであると激しく非難したのである。でも、SNSに投稿される細切れの映像ではなく、この映像は十分な尺を持ち、近景・遠景をきっちりおさえた映像となっておりフェイクであると主張することには無理がある。そのこともこのドキュメンタリーは自ら証明している。
それにしてもロシアはマリウプリで何を達成しようとしていたのだろうか。市内には少なくともウクライナ側の軍事拠点はなく、市当局にも抵抗勢力的なものはなかった。ウクライナの特殊部隊は時として市内に潜入はしていたようだが(映画でも出てくる)だからといって市内全域を破壊してまわる必要はないはずである。
私には、ドネツィク州での覇権の確立を狙ったロシアが、住民の一定数を粛清することによって内外に威圧を誇示しようとしたとしか思えないのである。それが3ヶ月近く続く(映画は20日で終わったが包囲戦は5月まで続いた)マリウポリの戦いの真実であるとすれば、正義や人倫といったものはどこにいってしまったのかと言わざるを得ない。まさに今、ガザでも同じような虐殺が続いている。世界はそれを止められない。我々はやはり地獄に向かって進んでいるのだろうか?
歯を食いしばり、涙を堪える。
泣くのは私の役目ではないから。
そしてより、多くの人々が見るべき映像。
リアリズムしかない、この映像から伝わる犠牲者たちが強いられた境遇。何と悔しいことか。悔しさが伝わってくるあまり、こちらの心が折れそうになった。
プーチンの戦争。
たった一人の老人のレガシー欲求に、多くの命が犠牲となり、また多くの人々の暮らしが奪われ、全世界が多かれ少なかれ振り回されている。
プーチンの戦争。
3年目。20日間どころか1000日を超えた。
ふざけるな、である。
マリウポリで生き延びた人々は忸怩たる思いのまま、ロシア実権の廃墟のような町で暮らしているのだろう。身寄りを無くした子供たちは遠くロシア国内に連れ去られ。
団地や病院や学校にミサイルや爆弾が落ち、人間もろとも破壊されていく。この映像を見ると、プーチンにとっては街も人々も不要で、マリウポリという街のあった地べたそのものが欲しいだけという事がいかにも明白に伝わり、怒りを超えた感情をおぼえた。
独裁者に報酬を与えてはならない。
なぜなら答えは簡単だ。
明日は台湾。
明後日は日本と考えなければならないからだ。
プーチンの戦争と世界の振る舞い方を見て、逆に勇気づく人間もいるのだ。中東に、アジアに。
この作品は映画ではなく、報道。
今、より多くの人々が見る必要がある。
プーチン絶滅
テレビでも観ていた情報。めちゃくちゃですわとにかく。こんな戦争真っ只中な国にわざわざ産まれてくる子供ら。あの狂った独裁者プーチンの息の根を止めたいね。いったいいつまでやる気やろ。いかに政治家を選びまちごーたらどぅなるかを、思想のまちごーた政治をしたらどーなるかを世界の国民は肝に銘じて心得とかなあきませんな。はよやめてはよ今すぐ。
伝えていくことの意味
ウクライナの人達にとってみていると、ロシアの戦争を起こした張本人に対して、憎しみがわきました。
客観的にみていると、土地の奪い合いで、なぜ政治家がそこまで、人の命を自由に制圧されないといけないのかと。
同じ人間が、そんな事をする権利がなぜあるのかと。何様なんだ?と考えさせられました。
昔から戦争はありますが、権力を握って、人を殺める事は、自分の魂を邪悪なものに、変えていくものだと思う。
生まれてくる子供には、何の関係ない事であって、一番弱い立場の子供を殺める事、それは裁かれるべきである。
フェイクではなく、真実を伝えていくこの実際に起きてる戦争を早く終わらせてほしい。
そして、戦争犯罪を犯した人間は、この世でもあの世でも、裁かれるべきである。
痛ましくて見るに耐えない、しかし見なければいけない。
ウクライナが侵略されてから20日間のマリウポリを記録した映画。
毎日毎日砲撃と空爆で人が死に、建物が壊され、街が廃墟になっていく。
電気も通信もなく人がただただ追い詰められていくさまが恐ろしい。
これが侵略なんだと、これがウクライナやガザで起こっていることなんだと思った。
そんな中から戦場の真実を世界に伝え、マリウポリの人道回廊設置の一助になった監督に経緯を評したい。
中途半端な停戦はロシアを利するだけ
大した事前知識を持たずに鑑賞。
ドキュメンタリーゆえ映像がどうこうとは言えない。「戦争とはこういうもの」と映像が語りかけてくる。
佐藤優や鈴木宗男の現在の戦闘占領ラインでの即時停戦論がいかに馬鹿げたものか理解できる。かっての日中戦争同様に、プーチン政権が崩壊しないと停戦は難しいが、ウクライナには下手な妥協をして後世に禍根を残してはいけない。平日とはいえ観客が少なかったのは残念。
全ての人に見て欲しい
涙が止まらなかった。
この日本に住んで、平和ボケした我々の堕落した生活を呪った。
アカデミー賞で日本の作品のみクローズアップされていたが、日本のマスコミの報道で影に隠れてしまった。
今一度、ウクライナ侵攻について考えべきだと思う。
一日も早く停戦を望みます。
真実はどこにある?
この映画は、まるで映画のような始まり方をする。フィクションなのに映画みたいだ。
「まるで現実かと思わせるぐらいリアルな演出の映画」とうものが世の中にはあるが、この作品は「まるで現実かと思わせるぐらいリアルな演出の映画かのように思わせるノンフィクション・フィルム」だ。
緊急事態、揺れるカメラワークの中で、兵士が喋り、ロシア軍の「Z」と書かれた戦車がやってくる。一見まるでゲームのCALL OF DUTYの世界かのようだ。
サッカーで遊んでいる途中にロシアの爆撃によって足が吹き飛ばされた子供がいた。
その子供の隣で嘆き悲しむ父親がいた。
産婦人科も爆撃され妊婦とその子供が亡くなった。
ロシア軍は相手が民間人だろうと容赦なく殺しまくる。そして国際社会に向けては「民間への攻撃はしていない」と嘯くのだった。なんと厚顔無恥な。
たった数十日間の間にウクライナの都市であるマリウポリはロシア軍に制圧され数万人が死亡した。
あまりにも短い間に自分たちの生活が根底から瓦解して戸惑い絶望する人々。その姿をカメラマンは克明に記録し続ける。
今までウクライナのニュースを耳にして「知らなければいけない」と思いながらも、特に積極的に何をするでもなく過ごしていた自分だが、この映画がようやく向き合うきっかけとなった。
これは映画であり記録フィルムなので、僕は日本の安全な映画館でぬくぬくと映像を観ることが出来る。このフィルムと現地の隔たりがある限りは、結局は対岸の火事に過ぎないのだ。ではこの映画を観る意味は果たしてあるのか。
映像中の現実は涙なくしては見られない。だが多少の涙を流したからと言って一体何の意味があるのか。日本で何百万の涙が流れようともウクライナの現実は変わらない。
だがこのフィルム中では現地のウクライナ人が「事実を世界に向けて発信してくれ」と願うシーンが出てくる。ということは、つまりこうやって事実を知ること自体にも意味はあるのではないかと思わされる。
この映画で映し出される現実の悲惨さのせいか、カメラワークの揺れが多かったせいか、映画館を出る頃にはなかなか気分が悪くなっていた。
僕は映画館を出ると本屋に向かい、ウクライナ戦争関係の書籍を探した。たくさんあってどれを選んだら良いのか分からない。
特にサイバー戦争、情報戦について書かれている本が気になった。
今回、自分は映画でウクライナの惨状をリアルに知った気になっているが、この映画自体が丸ごとフェイクである可能性だって否めない。特に政治や戦争においては真実を見極めることが非常に難しく、まさかの嘘が隠されている可能性は常にある。
この映画中にもロシアがウクライナの惨状の映像を「フェイクだ」と決めつけるシーンが出てきており「真実をフェイクだと見せかける情報操作」が腹立たしかった。だがそれと同時にこの映画によって観客である自分が情報操作されている可能歳だってあるのだ。
なので大事なのはまずは真実を知ること。だがこのように多くの本が並んでいると書籍から真実を突き止めるということ自体が難しくも思えてくる。世の中、常にただひとつの真実が提示されているとは限らない。
なお日本語版Wikipediaにもこの件についてまとめられている。2022年の出来事だったらしい。
ロシアの言うフェイクニュース
報道の大事さ。フェイクニュースとの区別。
現場の情報を報道するために最前線に残り、取り残された記者。
彼の生還に安堵すると共に、脱出できなかった多くの人々にどこまで寄り添えるのだろう。
今も続く戦争は無意味。プーチンを止められない非力が辛い…
終わりの見えぬ、この世の地獄。いつの時代も戦争の一番の被害者は一般...
終わりの見えぬ、この世の地獄。いつの時代も戦争の一番の被害者は一般の庶民である。
昨日まで普通に暮らしていた所に向けられた、ロシア側による殺意。
この映画は20日間で終わるが、まだ問題は何も解決していない。兎に角凄まじい作品だった。
死刑と戦争で、なぜ人を殺してよいのか
人間はいかなる場合も人を傷つけたり殺してはいけない。
例外無しにしなければいけない。
改めてそう思わされた映画。
全世界でこのような教育を徹底するか、圧倒的なパワーを持って地球を支配するAIが存在しない限り人類の戦争は終わらない気なする。
既に2年が経過
日本人には遠い地域の戦争で、最近はガザの戦争の影に隠れがちですが、まだまだ終わる気配の無い悲劇。
プーチン政権が更に継続する以上、良い未来が見通せません。
我々日本人に出来ることは非常に限られていますが、終戦を願わずにはいられないですね。
鑑賞途中に映像の既視感が半端ないと思ったら、BS世界のドキュメンタリーで鑑賞済みでした!
今
過去でも未来でもなく、今を切り取った記録。
淡々とカウントダウンが進む中、キャタピラの振動と共にロシアがすぐそこまで攻めてくる。
あそこで上がった煙の下で誰かが死んでいる。
始まりは普通の日常。
地元ではそんな馬鹿なことが起こるはずもないと高を括っていた中、火の粉が降り注ぎ、少しずつ世界が壊れていき、気が付けば周りは瓦礫の世界。
クルーが病院に張り付いていた(唯一そこが安全だと誰もが思っていた)ため、奇跡的にも生き延び続けることができる。やがてその病院でさえも安全ではないと知る事になる。
マリウポリでは途中から情報が断絶し、何が起こっているかすら分からず、ただ明日を生きれるかすら不明の状況。
ニュースでカウントされる死者何名の現実がこの記録から炙り出される。
生半可なホラー映画よりも怖い。
息をする暇すらなく終わる。
このドキュメンタリーは人間性を問う記録である。
鑑賞後、何も起こらない日本の日常に戻されてから、我々の行動が問われる。
ナレーションが淡々としてるところが、 かえって心に突き刺さる ニュ...
ナレーションが淡々としてるところが、
かえって心に突き刺さる
ニュースで見て覚えてた人が何人も出てた
ウクライナ侵攻の歴史的評価を決定づける一級資料
ロシアのウクライナ侵攻が始まって早2年が経過しましたが、本作は侵攻が開始された2022年2月24日から3月15日までの20日間、ウクライナ南東部の港湾都市であるマリウポリを取材したAP通信のウクライナ人記者であるミスティスラフ・チェルノフによるドキュメンタリー映画でした。取材場所は主に負傷者が多数担ぎ込まれる病院で、そのほかにも爆撃を受けた建物や住民たち、略奪を受けている店舗、さらには遺体の山を埋葬する墓地の様子など、市街地がひとたび戦乱に巻き込まれた時の混乱を赤裸々に映し出しており、本当に貴重な映像だと感じました。
当然記者たちも自らの命の危険に晒して取材を続けた訳ですが、電気や通信網が寸断されたため、せっかく撮影したデータも中々外部に送ることが出来ず、苦労して見つけた通信可能ポイントから送られた映像や画像は、日本のNHKを含む世界中のニュース番組で取り上げられ、そのニュース映像も本作中に収められていました。ロシアが病院を攻撃し、妊婦や胎児が亡くなったことなども国際的に報道され、当然ロシアが非難されることになりましたが、これに対してロシアのラブロフ外相は「フェイク動画だ」と反論。情報戦争の一端を垣間見ることも出来ました。というか、フェイクであるという根拠を示さずに、フェイクであるという主張が成り立つなら、この世に犯罪なんてものは存在しませんわな。
いずれにしても今回のウクライナ侵攻は現在進行形で行われているものであり、この戦争の歴史的評価が確定するのには少なくとも数年、場合によっては数十年の歳月を要すると思われますが、本作の映像がその際の動かざる証拠、貴重な資料になることは確実でしょう。
そう言えば、ウクライナ侵攻が終わった後のウクライナを描いた「アトランティス」という近未来映画がありました。戦争は終わったものの皆心に傷を負い、国民の多くがPTSDになったかのような姿が印象的で、非常にリアリティが高い作品だったと思いましたが、あの映画では2024年に戦争が終結し、翌年の2025年が舞台となっていました。既に2024年になりましたが、果たしていつになったら戦争は終わるのでしょうか?
そんな訳で、ロシアのウクライナ侵攻を評価するにあたっての一級資料とも言うべき本作の評価は★4.5とします。
プロとは
自身もハルキウ出身のジャーナリストが、直視に耐え難い現実を追い続け、時には心砕けそうにカメラを待つ手から力が抜けてしまうシーンもあり…
それでも、極力政治色を避け、ただひたすらに現場で起きていることを愚直に追い続ける90分。
なにより、自分を押し殺し抑制されたナレーションに、ジャーナリストとしてのプロの凄みを感じざるを得ないのです。
彼我を比べてもしょうがないのだけど、最近日本でもジャーナリズムを謳う映画こそあれ、ストーリーやメッセージありきだったり、それこそ映える戦場シーンに立ち会って記者してるご自身に酔っている感が痛々しくもあり、、、
なんだか、ロシア・ウクライナ紛争を切り口に、仕事とは、生業とは、みたいなことを思わずにはいられなかった。
まさに、これが戦争なのだという数々の映像に言葉を失う。
実際は更に○○、虐殺、略奪が加わり、戦争が終わっても悲しみと苦しみは続きトラウマも残る。
僕はたまに、ふと 「爆弾が降ってこないか心配しなくていいって幸せだなあ」 と思うことがある。だから映画の最初のほうで女の子が、爆弾の音で目が覚めたと言う場面が、いきなり衝撃だった。女の子は思い出して怖くなったのか泣き出してしまった。
建物や地下で身をこごめて爆音を聞きながら、ここに落ちてくるかもしれないとヒヤヒヤしている場面も、ホントの映像だと思うと恐怖が伝わってくる。いま映ってる人たちが突然1秒後に全員コンクリの下敷きになって死んでしまうかもしれないのだ。
これが戦争映画じゃないと実感させられるのが、子供が容赦なく死んでしまうところだ。産婦人科から別の病院へ運ばれた妊婦も胎児も死んでしまう。サッカーしてるとき爆撃を受けた少年も、18ヶ月の赤ん坊も死んでしまう。まるで希望がなく、ただ悲しみだけだ。戦争映画じゃこんなふうにならない。
画面に映ってた人でも今は生きてないかもしれないと思ってしまう。
2年が経ち、自分の中ではニュースの中でたまに聞く、遠い国の出来事になってしまった。
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