「野蛮。人類の恥。」マリウポリの20日間 きりんさんの映画レビュー(感想・評価)
野蛮。人類の恥。
最初の遺体の女の子の名前は
エヴァンジェリカだった。
《平和の福音》という意味だ。
余りにも悲しい皮肉だ。
記者はひとりひとり、生存者の名前を、避難民の名前を、そして遺体の名前を訊ねて、その人に呼びかける。
骨盤が砕けて死んだ臨月の母親と胎児の名を ―。
足を吹き飛ばされたサッカー少年の名を ―。
自宅の前で叫ぶスカーフの女にも、リアカーを引く男にも、「姓」と「名」を言ってもらってそれをカメラに収める。
けれどもその名も知られずに、墓標はナンバーリングだけの土葬の地平が、累々と映し出されてしまうのだ。
庶民は「認識票」を付けていない。
だから、男も女も、老人も赤ん坊も、
庶民は殺されてしまえば、
彼らは名無しの土葬となる。
あれが超大国ロシアの、世界に誇るプライドと政治理念なのか?
恐怖で人間たちを抑え、恐怖政治を貫けば、自国民も他国民も必ず言うことを聞くだろうというあのポリシー。あの狂気。
その自らのポリシーを「いずれ世界が従い、最後には全ての国が到達すべき理想郷の姿」だと信じるプーチン。
その人間不在の全体主義。
・ ・
重い足で映画館を出てみると、
外は静かな宵闇だった。
シネコンの映画館も、駐車場の前のイトーヨーカ堂も、周囲のマンションも、あのマリウポリの町並みとそっくりなので、何とも言えない気持ちになった。
立ち止まって ぐるりを見渡す。
でもここには、ミサイルが命中して崩れたはずのビルの右上の角の景色も、ガラスが全て吹き飛んでがらんどうになったアパートも無い。
燃えるカーテンを黒煙の中で外に投げ捨てようとしている人影も、それを下で抱き合って見上げる母子もいない。
97分間、ずっと、あの様を見続けていたから、すっかり綺麗に掃除されていて、石ころ1個すら、どこにも瓦礫が落ちていないこの歩道が、現実とは思われないほど異様に見えてしまう。
戦争は、その第1日目は、静寂のうちに始まるのだと言っていた。背すじが凍る一言だった。
バイクで家へ戻り、酒を飲んで寝た。