異人たち

劇場公開日:

解説

日本を代表する名脚本家・山田太一の長編小説「異人たちとの夏」を、「荒野にて」「さざなみ」のアンドリュー・ヘイ監督が映画化。1988年に日本でも映画化された喪失と癒やしの物語を、現代イギリスに舞台を移してヘイ監督ならではの感性あふれる脚色と演出で描き出す。

12歳の時に交通事故で両親を亡くし、孤独な人生を歩んできた40歳の脚本家アダム。ロンドンのタワーマンションに住む彼は、両親の思い出をもとにした脚本の執筆に取り組んでいる。ある日、幼少期を過ごした郊外の家を訪れると、そこには30年前に他界した父と母が当時のままの姿で暮らしていた。それ以来、アダムは足しげく実家に通っては両親のもとで安らぎの時を過ごし、心が解きほぐされていく。その一方で、彼は同じマンションの住人である謎めいた青年ハリーと恋に落ちるが……。

「SHERLOCK シャーロック」のアンドリュー・スコットが主人公アダム、「aftersun アフターサン」のポール・メスカルがハリー、「リトル・ダンサー」のジェイミー・ベルと「ウーマン・トーキング 私たちの選択」のクレア・フォイがアダムの両親をそれぞれ演じた。

2023年製作/105分/R15+/イギリス
原題または英題:All of Us Strangers
配給:ディズニー
劇場公開日:2024年4月19日

オフィシャルサイト

スタッフ・キャスト

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受賞歴

第81回 ゴールデングローブ賞(2024年)

ノミネート

最優秀主演男優賞(ドラマ) アンドリュー・スコット
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(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

映画レビュー

4.0クィアの言葉を巡る見解の違い

2024年4月30日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

主人公とその恋人の間にある、ゲイやクィアという言葉の解釈の違いを描いているのがとても興味深い。性的マイノリティは画一的ではないという当たり前のことがさらっと描かれている。クィアという言葉はかつては蔑称だったわけだが、あえてその蔑称を戦略的に用いることで権利獲得運動を展開した結果、現在では肯定的な意味合いで使われることが多くなっている。ただのおしゃれでファッショナブルな言葉として消費されていいものではない、という考えがここには表れているように思う。 本作が死んだ両親との対話を中心にしているため、映画はこうした世代間の意識差が浮き彫りになる構成になっている。そして、世代で考えも意識も違って、死者と生者であってもつながりは作れることを感動的に描いている。 後半、孤独死に対しても想いを馳せる内容があるのだが、イギリスで孤独死というと「おみおくりの作法」という映画を思い出す。孤独死した人の葬儀を行う仕事をしている男を描く作品だが、人とのつながりを回復させる物語として結構共通点がある。

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杉本穂高

4.04人の演者たちが奏でる温もりのアンサンブルに酔いしれる

2024年4月27日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

実によくできた翻案である。山田太一の生んだ原作小説の本質が、英国の風景、文化、人々の物語として再構築されることで、より明確な光の筋となって我々の心に差し込んでくる。改めて気づかされる本作の魅力は、境界線のなさだ。ロンドン市街地から電車に揺られ、近郊の住宅街に建つ生家を訪れると、死んだはずの両親が「さあ、入りなよ」と出迎えてくれる。主人公もまた、いっさい驚きや躊躇いの表情を浮かべることなく、そこにスッと入り込んでいくーーー。亡くなって30年以上経つ両親と、かくも大人どうしの姿で再会し、掛け替えのない親友のように過ごすこのひととき。かつて口にできなかったこと、その時の胸の内を吐露しあう演者たちのアンサンブルが素晴らしく、セクシュアリティというテーマの絡め方も秀逸。無駄な要素を削ぎ落とした美しい映像、シンプルな移動、舞台設定、語り口が、忘れがたく温もりに満ちた幻想譚を見事な感度で成立させている。

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牛津厚信

5.0孤立する主人公に訪れる衝撃的な幕切れ

2024年4月19日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:試写会

泣ける

悲しい

怖い

山田太一の原作を大林宣彦監督が映画化した『異人たちとの夏』を、クィア映画の傑作『WEEKEND ウィークエンド』で知られるアンドリュー・ヘイがリメイク。すると、オリジナルの味わいがどう変化しているのか? 期待を胸に鑑賞した本作には、子供の頃に死別した両親との再会によって主人公が体験する、過ぎ去った時間への思い、できなかった告白、やがて訪れる、人は皆"異人"なのだという冷めた結論、等々、大林作品と共通する部分とそうではない部分が上手く配分されていた。 最も大きなアレンジは、主人公のアダムをロンドン郊外に住むゲイの脚本家に置き換えたこと。同世代(40代)の男たちの多くがさらに郊外に戸建住宅を構えて家族と暮らしているのに対して、アダムは高層マンションの1室で誰とも交わらずに暮らしている。隣人でゲイの青年、ハリー以外は。そうやって主人公の孤立感を意図的に際立たせることによって、密閉された空間と時間の中で起きるスピリチュアルな物語が微妙なリアリティを帯びてくるのだ。孤立、死、セクシュアリティ、ストレンジャーというワードが一つになるラストで、筆者は涙を堪えるのに苦労した。 愛した人はすでに側にいず、気がつくと、誰も真剣に愛せなくなった男に訪れる衝撃的な幕切れに、あなたは何を感じるだろうか?

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清藤秀人

3.5題から“夏”が消え、日本的情感も失われた

2024年4月16日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

悲しい

知的

2023年11月に死去した脚本家・山田太一が1987年に発表した長編小説「異人たちとの夏」の2度目の映画化。英訳された小説を読んだ英国人監督アンソニー・ミンゲラ(「イングリッシュ・ペイシェント」「コールド マウンテン」など)が映画化に動いたのが企画の始まりで、ミンゲラ監督が2008年に亡くなり紆余曲折を経て、同じく英国人のアンドリュー・ヘイ監督(「荒野にて」「さざなみ」)で映画化が実現した。米国の映画祭での初上映は昨年8月、完成した本作を生前の山田氏も観て、「温かく受け入れていただけた」とヘイ監督がインタビューで振り返っていた。 なお最初の映画化は、1988年の大林宣彦監督作「異人たちとの夏」。都会のマンションで一人暮らすシナリオライター業の主人公・原田(風間杜夫)が、生まれ育った浅草を訪れ、12歳の時に死別したはずの両親(片岡鶴太郎、秋吉久美子)とひと夏を過ごす。古い木造アパートの畳の間で、蒸し暑く汗ばむ午後、上着を脱いでランニングシャツ姿になり、ちゃぶ台を囲んで母が作ったアイスクリームを食べる。郷愁を誘う戦後昭和の家族の情景に、亡くなった先祖が数日間帰ってくるというお盆の言い伝えもファンタジックな物語要素に重ねられている。 一方でヘイ監督版の邦題は「異人たち」。舞台を現代のイギリスに移したことで、ノスタルジックな感興も今の英国人が1990年代頃の郊外に抱くそれに置き換えられている。題から夏が消えたように、蒸し暑い夏も、畳の部屋で過ごす下着姿の家族も当然のように描かれず、なんだか日本らしい情感が失われてしまったようでさびしくもある。 主人公と同じマンションの住人で、やがて深い仲になる相手が、女性から男性へ変更されたのも重要な改変点だ。ゲイを公表しているヘイ監督は、自身の体験を脚本に反映させた(シーンの一部は実際に幼少期を過ごした家で撮影されたという)。主人公アダム役に起用したアンドリュー・スコットもゲイをカミングアウトしている。昭和日本の郷愁が失われた代わりに、多様性とインクルーシヴといった現代的な要素が加わり、欧米での高評価につながっているようだ。 なお、大林監督版ではラスト近くに唐突なホラー転調があり、賛否が割れている。2019年の東京国際映画祭で上映された際の舞台あいさつで、長女の大林千茱萸(ちぐみ)が「最初に松竹から話をもらったのは(夏に観客をぞっとさせる)ゾンビ映画だった」と明かしていた。その後、山田太一の原作を市川森一の脚本で映画化することに決まったが、初期のホラー構想の名残りであの終盤になったのだそう。「異人たち」のプレス資料の中で、山田太一の長男で撮影監督の石坂拓郎と次女の長谷川佐江子がインタビューに応じ、父の執筆時の思い出や再映画化への経緯を語っているのだが、大林監督作についてまったく言及していない点が興味深い。大林監督・市川脚本の改変が山田家では不評だったのだろうか。

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高森 郁哉