コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第71回
2025年2月21日更新
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北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数280万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”、そしてアジア映画関連の話題を語ってもらいます!
国際映画祭の“必要不可欠”を備えた「沖縄環太平洋国際映画祭」を知ってる? 黄インイク監督が魅力を語る
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「沖縄環太平洋国際映画祭」をご存知でしょうか?
同映画祭のコンセプトは「Cinema at Sea」。優れた映画の発掘と発信を通じて「各国の文化や民族、個々人の相互理解を深める」「地元ビジネスの支援」「地元の才能あるアーティストの作品を広く発信する」ことを目指し、最終的には“沖縄が環太平洋地域における新たな国際文化交流の拠点”となることを目指しています。
2023年11月に開催された第1回では、国内外から多くの映画人が沖縄に集まり、当時の映画業界で大きな話題を呼びました。
第2回の開催は、2月22日~3月2日。今回は、映画祭のエグゼクティブディレクターであり「海の彼方」や「緑の牢獄」などを発表した台湾出身の黄インイク監督にロングインタビューを実施しました。
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――まずは、黄さんご自身のお話についてお聞きしたいです。そもそも映画との出合いはいつ頃でしたか?
元々小説を読むのが大好きで、特に日本文学が好きなんです。映画に関しては、高校2年生の時。当時、地理の授業では、先生が海外の国を紹介するため、各国の映画を見せてくれました。大半のクラスメイトは寝ていましたが(笑)、私は真面目に映画を見て、地理の勉強をしました。教科書よりも、物語や映像のある映画のほうが断然面白かったんです。
その時、映画に対して興味を持ち始めました。ちょうど学校の図書館では、毎週ヌーヴェルヴァーグなどのクラシック作品の上映もあって、毎週通うなかで完全に映画の世界に魅せられていました。
そして同じ頃、グループごとに短編映画の製作をする課題に取り組むことになりました。それが人生最初の監督作品ですね。15分の短編映画で、当時学校の映画コンテストでいくつか賞もいただきました。
――大学に入ってからは、完全に映画のことに“没頭”したとお聞きしています。
そうなんです。台湾の大学では、人類学研究の授業をたくさん取りました。人類学の授業では、人類学ドキュメンタリーについて学ぶ機会がありました。その授業の期末課題が、ドキュメンタリーの製作だったんです。人生初のドキュメンタリー作品は、台湾におけるタイの労働者を焦点にした作品でした。
大学の時はずっと映画に没頭していました。1、2年生はとにかく1日2~3本ペースで映画を鑑賞して勉強。3年生でドキュメンタリーを撮り、ドキュメンタリー自体が好きになりました。
――その後、日本に来て、大学院に入りました。きっかけはなんだったのでしょうか?
当時、国費外国人留学生制度に通ったので、いくつかの日本の大学にエントリーしました。東京造形大学の面接を受けた時、当時の大学の学長だった諏訪敦彦監督と非常に良い話をすることができたんです。この大学なら、自分がやりたいことができる――そう思って、進学を決めました。
――そこから日本での映画製作が始まり、「海の彼方」「緑の牢獄」などを発表しています。現在はいくつかの会社にも関わっているそうですね?
最初に台湾で“木林電影”を創立し、2019年に沖縄でムーリンプロダクションを立ち上げました。そして、2023年に「沖縄環太平洋国際映画祭」を主催するNPO法人「Cinema at Sea」を作っています。ムーリンプロダクションに関して言えば、日本でさまざまな事業を展開しています。配給業務は主に東京で動いていて、沖縄の本社では、私を含めて4人がプロデュース部として、コンテンツの企画などをしているんです。またコンテンツ制作部も設置し、番組制作やコーディネートなどの業務を行っています。
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(C)2016 Moolin Films, Ltd.
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(C)2021 Moolin Films, Ltd. & Moolin Production, Co., Ltd.
――配給事業のラインナップは、なかなか興味深い作品が揃っています。
最初に配給したのは、オーストラリア・台湾合作ドキュメンタリー映画「大海原のソングライン」。この映画は、16 の島国に残る伝統的な音楽とパフォーマンスを記録した音楽ドキュメンタリーで、いまの我々に大きな影響を与えたと思っています。(配給を通じて)多くの方々と知り合うことができましたし、“島と島のつながり”というコンセプトも、沖縄環太平洋国際映画祭の原点と言ってもいいでしょう。今振り返ってみると、私はこのコンセプトが本当に大好きでした。だから、作品を配給したのかもしれません。
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(C)Small Island Big Song
そこからは2~3年をかけて、作品選定を模索しています。その間に「犬は歌わない」のような海外ドキュメンタリー映画、「沈黙の自叙伝」のようなインドネシア新鋭監督の作品などを配給しています。我々は沖縄の会社なので、沖縄を舞台にした作品も配給しています。ただ、いまでも配給事業の方向性はあまり固まっていません(笑)。
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(C)Raumzeitfilm
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(C)2022. Kawan Kawan Media, In Vivo Films, Pōtocol, Staron Film, Cinematografica, NiKo Film
――ここからは「沖縄環太平洋国際映画祭」について、お聞きします。そもそも映画祭を企画するきっかけはなんだったのでしょうか?
2018年、石垣島で音楽祭を運営していた団体が「音楽祭を映画祭に変えたい」と、私に連絡してきました。そこで音楽祭のスタッフ、そして私が誘った映画関係者と一緒に“どのような映画祭にするか”を1年間ディスカッションしました。
2019年に石垣島でプレイベントを開催し、2020年には正式に映画祭を開催しようと思いましたが、コロナによってすべてが止まってしまいました。運営母体の会社が実質的にスポンサーとして支えることができなくなり、担当者の方も人事異動しました。ただ、もしかしたらすぐに映画祭を開催しなくて良かったのかもしれません。コロナの自粛期間中、じっくりと映画祭について考えることができましたから。
コロナ期間中、我々は定期的に映画祭の構想について話し合っていましたが、決して効率的とは言えませんでした。「瀬戸内国際芸術祭のような芸術祭にしたら?」という意見もあるなかで、徐々に“海”というテーマが浮かび上がりました。
沖縄に来てから一番実感していたのは、沖縄の方々は“海の向こう側に行きたい”と感じていること。海外はもちろん、東京などの本土も、ある意味“外”。昔から沖縄の人は海外で活躍している人が多くて、アドベンチャー精神を持っています。ある意味、これは“島文化”の一つでもあります。

この映画祭を通して考えていたことは「昔の島文化を取り戻したい」というもの。
そこから、どのような島が沖縄と繋がっているのかを考え始めました。まずはオーストロネシア人というキーワードを思い出しました。オーストロネシア人は、台湾を起点に、北は沖縄の八重山諸島、西はマダガスカル、東はイースター島、南はニュージーランドまで、広大な範囲に活動分布を広げました。与那国島や波照間島などには、その痕跡が多く残っています。
もう一つは“世界のウチナーンチュ”という概念。100年以上の歴史やネットワークを通して、色々な新しいことに出会いたかったんです。。いま、ハワイには約4万人の沖縄ルーツの方々がいますし、ペルーにも6万人以上の沖縄人が暮らしています。世界には約40万以上の沖縄系の人がいるのです。
この2つのポイントを一緒にすると、もう“環太平洋”になっていますよね。“環太平洋”は本当に広くて、作品選定も大変でした。沖縄環太平洋国際映画祭は日本の映画祭なので、日本映画はもちろん欠かせないです。ほかのカテゴリーでは、東アジア、東南アジア、ニュージーランド及びオーストラリア、そして太平洋の島々。さらに北米の西海岸沿いと南米の西海岸沿いです。カテゴリーは合計7つあります。ラインナップを見ればわかりますが、必ず各エリアから作品を選ぶようにしています。
話を戻しますが、コロナの影響で、映画祭の準備がすべてリセットされました。ただそのおかげで映画祭のコンセプトが見えましたし、コロナも落ち着いたため、2022年の終わり頃、映画祭の準備を再始動しようと考えました。でも、そのタイミングでは、音楽祭の運営母体が主導することが既に難しくなり、スポンサーもなくなっていました。どのようにスタートするか――色々悩みましたね。ちょうどその頃、ムーリンプロダクションの沖縄事業は安定期に入っていましたし、メンバーも揃っていました。ですからムーリンプロダクション主導で映画祭を正式にスタートさせることにしたんです。NPOを立ち上げ、総合的に考えたうえで映画祭の開催地を那覇に変更しました。
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――コロナが終わった頃から、2023年の第1回開催までは、決して準備時間が長いとは言えませんよね?更に“最初の開催”でもありますから、準備はかなり大変だったのではないでしょうか?
第1回は本当に大変すぎて(笑)。2023年2月のベルリン国際映画祭で、沖縄環太平洋国際映画祭の開催についてアナウンスしました。そこからは、協力者やパートナーを探し始めることに。東盛あいか監督や尚玄さんもその時から入ってくれています。映画祭の運営経験のある方々も必要で、最終的には福岡インディペンデント映画祭の橘愛加さんに映画祭の事務局長をお願いしています。
限られた予算の中で、良い映画祭が立ち上がったなぁと思っています。個人的に、大きな国際映画祭を運営するのであれば、最初の3回が勝負だと思っています。いかに我々の“本気度”を見せるか。どのように“映画祭”のスケール感を大きく見せるかは、非常に重要だと思っています。3年間にわたって、大型の国際映画祭が運営できることを証明したいと思っています。
元々石垣で開催したいという構想もとても良かったですが、小さな地域イベントに定義されてしまい、スポンサーが見つかりにくいです。イベントはなかなか大きくなりませんでしたし、運営も厳しいと思います。ですから、第1回の準備段階から、私は映画祭の目標をできるだけ大きくしたいと思いました。

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――大きな国際映画祭という視点から見ると「沖縄環太平洋映画インダストリー」(※)は非常に興味深い取り組みです。日本国内には、さまざまな映画祭があります。ですが、いまの国際映画祭に必要不可欠なインダストリー(映画関係者やプレス、バイヤーなどを対象に行われる上映などの取り組み)が、ほとんど行われていないので、新人育成の面も、国際交流の面も、足りていないと指摘されています。だからこそ、新しい国際映画祭にも関わらず“インダストリーをやる”ということに“本気度”を感じました。
仰る通り、日本の映画祭のほとんどにはインダストリーがありません。ですから、我々が国際映画祭を開催する場合は、インダストリーが必要不可欠でした。いまの映画祭を見てわかると思いますが、国際共同製作は今後主流になっていくでしょう。すぐさまマーケットになる事は難しいですが、「ピッチングフォーラム」などを提供できれば、映画交流に役立つと考えています。
「ピッチングフォーラム」に参加するには、お金も、時間も、準備も必要なので、開催場所がどこなのかはわりと重視されています。沖縄にはそのポテンシャルがあると思っているんです。訪れた方々が「1週間ぐらい滞在したい場所」なので、インダストリーを沖縄環太平洋国際映画祭の関連事業として行っています。今後は、インダストリーの規模感がどんどん大きくなってほしいと願っています。
※補足:沖縄環太平洋映画インダストリー=「Cinema at Sea 沖縄環太平洋国際映画祭」の関連事業。地域の映画製作者に自らのプロジェクトをプレゼンテーションする機会を提供し、業界専門家や観客からのフィードバックを得ることを主な目的とした「Cinema at Sea ピッチングフォーラム」、フォーラムトークやマスタークラスなどが開催される「インダストリーフォーラム」、映画製作のプロセスや直面する課題についての説明を行う「事例研究」、映画人の交流促進をはかったウェルカムディナーや業界パーティーといった「ネットワーキングイベント」などが行われる。
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――第1回の盛況ぶりは、当時東京にいた私もニュース記事などを通して感じていました。とはいえ、第1回の開催でしたから、おそらく多くの課題や反省点もあると思います。全体を振り返ってみて、いかがでしたか?
第1回は予測できない部分が多かったですね。どれぐらいのお客さんがいらっしゃるのか。どれほど話題になるのか――私の今までの人生の中で、最も挑戦的で、一番怖かったのは、間違いなく「第1回」開催時でした(笑)。映画祭が終わったあと、もう燃え尽きていたので、映画祭のことは考えたくなくて……数カ月かけて、ようやく回復していました(笑)。
色々な反省点があります。まずは11月の開催タイミング。11月は文化の秋と言われていて、東京国際映画祭、東京フィルメックス、さらに台湾金馬奨もあるので“激戦”だったんです。まだまだ“若い”「沖縄環太平洋国際映画祭」にとっては避けたほうが良い時期だと判断し、第2回では2月開催に変更することにしました。
なぜ2月を選んだか――これは沖縄の観光シーズンにも関わっています。我々の映画祭にとって、最も重視しているスポンサーはホテル事業者です。ホテルが用意できれば、ゲストはきっと来ると思っています。ただし、沖縄の観光シーズンはとても長いです。4月から10月末までずっと続いています。オフシーズンがとにかく短い。12月、1月は年末年始、3月は年度末でもあるので、残された時期はわずかですよね。11月を避けるのであれば2月末はベストかなと思っています。
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――第1回と比べて、作品数&部門が増えました。理由は何でしょうか?
第1回開催時の作品の中で、個人的に一番好きなのがニューカレドニアのドキュメンタリー作品「BEEの不思議なスペクトラムの世界」です(コンペティション部門入選)。自閉スペクトラム症の主人公の波乱に満ちた人生に焦点をあてた作品なのですが、上映時、作品の関係者が4人も会場に来ました。監督のほか、主人公と彼女の音楽先生も一緒に来て、ミニライブまで開催しています。
これこそが「沖縄環太平洋国際映画祭」が最も重要な部分でした。映画祭にいらっしゃるとわかりますが、なかなか身近では感じられない島々の文化や人々を「沖縄環太平洋国際映画祭」では“体感”することができます。
ミニライブの場所も興味深かったですね。20年間サンパウロで暮らしていた沖縄の方が、沖縄に戻ってから経営したブラジル料理のレストランなんです。あの空間の雰囲気は本当に良かった――我々の映画祭でしか体験できないことだと確信しています。
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世界中の映画祭と比べてみると、コンセプトが近いのは、ハワイ国際映画祭だと思っています。
ハワイ国際映画祭は長い歴史を持つ映画祭で、世界的に有名です。近年、アジア映画の北米プレミアが、ハワイ国際映画祭で行われることがよくあります。島映画の選定、島と島のつながり、島に住む映画人同士の交流、観光地発信の映画祭など、ハワイ国際映画祭から色々と学びました。
第1回開催時は、ハワイ国際映画祭の方も沖縄にお招きしたり、私もハワイ国際映画祭に誘われたりと、良い交流が生まれています。第2回では、前回の経験を踏まえ、そしてハワイ国際映画祭から得た知識などを活用して、島映画のセレクトを大幅に増やしています。
例えば「Islands in Focus部門」。太平洋にはさまざまな島や国がありますから、映画祭を通して、彼らの映画や文化を紹介したいと考えています。第1回ではニューカレドニアのおかげで“良い思い出”が生まれましたし、近年の変化も激しいので「Islands in Focus部門」では、ニューカレドニアをフォーカスすることにしました。「オキナワパノラマ」では、沖縄制作の映画だけではなく、海外で作られた沖縄関連の貴重な作品も多く入選しています。

――では、最後に「第2回沖縄環太平洋国際映画祭」についてのメッセージをいただけますでしょうか?
「沖縄環太平洋国際映画祭」は気軽に参加できます。ゲストと一緒に沖縄タイムが楽しめます。映画上映のほかに、トークイベントなども多数開催していますし、今年は音楽ライブイベントの「オキナワナイト」もあり、映画のほかにもさまざまな文化を体験できます。
我々の映画祭では、映画の上映をプレミアだけではなく、祝福を意味する「セレブレイト」でもあります。豪華なプレミア上映よりも、この作品が上映されることを“お祝いしたい”と考えているからです。今回特にセレブレイトしたいのは「楽園島に囚われて」という作品。史上初のクック諸島製作の劇映画なんです。アジア初上映が「沖縄環太平洋国際映画祭」で行われますので、その瞬間をぜひ見に来てください。
【第二回Cinema at Sea 沖縄環太平洋国際映画祭】
開催会場 那覇市ぶんかテンブス館テンブスホール、桜坂劇場、沖縄県立博物館・美術館
開催期間 2月22日~3月2日
実施内容 コンペティション作品上映、特集上映、トークイベント、沖縄環太平洋映画インダストリー他
公式サイト https://www.cinema-at-sea.com/
筆者紹介

徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年より中国の映画専門誌「看電影」「電影世界」、ポータルサイト「SINA」「SOHA」で日本映画の批評と産業分析、16年には北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」を発表。11年以降、東京国際映画祭などで是枝裕和、黒沢清、役所広司、川村元気などの日本の映画人を取材。中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数は280万人。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員、微博公認・映画ライター&年間大賞選考委員、WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める。
Twitter:@xxhhcc