北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数280万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”、そしてアジア映画関連の話題を語ってもらいます!
フルーツ・チャン流の香港ホラー「デッドモール」製作秘話 モチーフは80年代の九龍オフィスビル火災
80年代の香港映画といえば……ジャッキー・チェンのアクション映画? それ以外にも多くの人々に忘れられない記憶を植え付けたのが“香港ホラー”でしょう。奇想天外な発想で作られた“香港ホラー”は、「邪 ゴースト・オーメン」3部作、「霊幻道士」シリーズといった名作がたくさん残りました。しかし近年では、香港映画界の激変によって“香港ホラー”も大きな危機に直面しました。
香港インディーズ映画界のレジェンドであり、「メイド・イン・ホンコン」「ドリアン ドリアン」などで知られるフルーツ・チャン監督は、近年はジャンル映画の世界を中心に、新たな挑戦を続けています。
日本・韓国・香港の共同製作で生まれたオムニバス「美しい夜、残酷な朝」の「dumplings」といったホラーでも才能を発揮してきましたが、またもや素晴らしい作品を生み出してくれました。
チャン監督が参加したのが、香港製オムニバスホラー「香港怪奇物語 歪んだ三つの空間」(12月1日公開)。同作は中華圏で大きな話題となり、続編の製作も発表されています。特にフルーツ・チャン監督が担当した「デッドモール」は、30分という短尺にもかかわらず、ジャンル映画としての完成度が高い。客のいない暗闇のモールに突如現れたガスマスクの女と不気味な警備員と対峙するはめになった2人のネット配信者を描きながら、コロナや“香港の事情”といった時事ネタも登場します。
今回は、フルーツ・チャン監督へのインタビューが実現。「デッドモール」の話題を中心に、香港ホラーの現在、いまの香港映画界について語ってもらいました。
●着想のきっかけは?
――まずは、「デッドモール」の着想について教えていただけますか?
コロナが猛威を振るっていた頃は、映画業界もかなり影響を受けていて、プロデューサーたちが「これから何を撮ればいいのか……」と悩んでいました。そのままコロナをテーマとした作品を撮っても良いのですが、やはり10年、20年経たないと、コロナの全体像というものは見えてこないですし、簡単に撮ることはできません。
今回の企画は、香港だけではなく、中国大陸での上映も目指すということだったので、最終的には“大衆向けのサスペンスホラー映画にする”という方針にしました。そこから実際に香港で起こった事件をモチーフにして、「デッドモール」のストーリーを考え始めたんです。
「デッドモール」で描かれている事件のモチーフは、80年代に九龍で発生したオフィスビル火災です。何十人も亡くなったので、当時はかなり話題となりました。“デッドモール”という言葉には、もう一つの意味を入れたいとも考えていました。それはショッピングモールや百貨店などの実店舗が、いまではネットショッピングの影響を、どれほど受けているのかということ。そこでライブ配信やインフルエンサーなどの現代的な要素も入れて、脚本を完成させました。
●ライブ配信やインフルエンサーは「時折ホラー映画よりもホラー」
――最大の見どころは、ライブ配信とインフルエンサーの登場です。いまの社会(主に中華圏)において、ライブ配信とインフルエンサーは非常に身近な存在になっています。ただ時々トラブルが起こります。監督は、ライブ配信とインフルエンサーをどのようにとらえていますか?
今の社会におけるライブ配信やインフルエンサーは、時折ホラー映画よりもホラーだと感じます(笑)。もちろん才能のあるインフルエンサーもたくさんいますが、再生回数、あるいは承認欲求のために、酷いことをするインフルエンサーも少なくありません。そういう報道に触れた時は「理解できない……この世界は歪んでいるな」と思っていました。ただし、今回の「デッドモール」の内容は、私というよりもプロデューサーや脚本家がやりたかったことです。頂いた脚本に自分なりの考えを入れ、いまのストーリーにしています。
今回は尺が30分、そしてジャンルものですので、ライブ配信やインフルエンサーに関しては、深く掘り下げることはできませんでした。このテーマは長編映画1本でも描き切れない内容ですし、個人的にも非常に興味があるテーマ。なので、掘り下げることができなかったという点は少し残念でした。その代わり、皆さんが満足できる“ジャンル映画の要素”をたくさん入れていますので、良い映像体験になると思います。
●映像の“遊び”、マスクという要素について
――ライブ配信という要素は、非常に映画と相性が良いと思います。2つの画面、画面外の音、空間の撮り方などなど、色々な表現ができます。「デッドモール」を見ていると、映像の“遊び”もかなり感じました。
映像の“遊び”は、逆にいえば、工夫しないとならないんです。ライブ配信を描く映画は、決して初の試みではありません。すでに良い作品がたくさんあるので、それらを真似してしまうと、観客にとっては新鮮味がなくなります。ジャンル映画は、やはりアイデア勝負。ライブ配信という要素を使い、どのようなストーリーでどのような映像効果にするのかを、監督はしっかりと考えないといけないと思います。
――マスクの使い方も最高ですよね。コロナ禍での撮影も含め、色んな意味合いが込められていると思います。
“マスク”は香港にとっては、色んな意味があります(笑)。“防毒マスク”からマスクになるなんて、ある意味、非常に面白いじゃないですか? 最初から、このような時事ネタも入れたかったんですよ。まぁ、これはわかる人にはわかるポイントです。
改めて振り返ってみると、コロナの頃の“マスク”は本当に怖かったですよね。今思い出しても冷や汗が出るほど。世界各地で色々なマスクをつける人たちがいましたが、それらの人々が集まることで、コロナをテーマにした展覧会もできると思います。あるいは、面白いホラー映画も作れる。ただ、今回は30分しかなかった……もっと時間がほしかったです(笑)。
●今の香港映画界には「ジャンル映画が少ない」
――「
香港怪奇物語 歪んだ三つの空間」は、中華圏でかなり話題になり、続編も誕生しました。とはいえ、80年代と比べると、いまの香港映画界にはホラー映画が少ないと思っていますが、そのあたりはどうお考えでしょうか?
今の香港映画は、ホラー映画だけでなく、ジャンル映画自体が少ないんです。若い監督たちもあまりジャンル映画を撮らない。そうすると、観客もどんどんジャンル映画から離れていきますよね。確かに80年代の香港映画は素晴らしいジャンル映画がたくさん作られましたが、いまはその時の様子とはまったく異なります。
――昨年、ホー・チェクティン監督の「正義回廊」が香港でメガヒット、R-18指定映画の歴代興行収入も更新しました。私も鑑賞しましたが、ある意味香港映画のイメージを一新させてくれました。この作品にもジャンル映画の要素がたくさんありましたね。
「正義回廊」の作り方は確かに斬新です。法廷劇ではありますが、ジャンル的な要素も入っています。若い人たちがたくさん観に行っていました。ただ、おそらく観に行った理由は“ジャンル映画”という側面よりも“エンタメ寄りのサスペンス”だからかもしれません。同作をきっかけに、皆がジャンル映画に興味を持ち始めるかというと、個人的には疑問を抱きます。ただ、若い監督がこのような挑戦的な作品を作ること自体は、非常に素晴らしいことだと思います。
●これからの香港映画界、若い監督たちには「非常に期待している」
――近年の香港映画はかなり健闘していると思います。ホー・チェクティン監督をはじめ、優秀な新人の監督がたくさんいます。今年は、
ニック・チェク監督の「
年少日記」、
ローレンス・カン監督の「
白日の下」などは中華圏だけでなく、世界各国の映画祭でも絶賛されています。大先輩の
フルーツ・チャン監督から見ると、いまの香港映画界はいかがでしょうか?
大陸はいつも「香港映画は死んだ」と言っていますよね(笑)? まぁ、確かに死にかけています。香港の映画市場自体も小さいですし、香港映画を作ること自体が難しいんです。いまの若い監督は、基本的に映画学校で映画を学んでから監督になります。我々の時代とは、まったく異なる流れです。
我々の時代は、まずは巨匠の現場の雑務から始まり、その後スタッフとしての役割を任され、やがて助監督に。色々な経験を経て、先輩の監督たちからかなりの影響を受けました。ところが、いまの若い監督は学校を卒業してから、そのまま監督デビュー。ですから、あまり周囲の影響を受けず“自分が撮りたいモノ”をそのまま撮ることができる。だからこそ、さまざまな新しい“個性”が出ているのだと思います。例えば「正義回廊」のホー・チェクティン監督が、我々と同じようにたくさんの現場を経験してから同作を撮ったとしましょう。そうすると、おそらくいつも通りの“香港映画”になってしまうのかもしれません。もちろん簡単に成功することはできませんが、だからこそ、これからの香港映画界、香港の若い監督たちには非常に期待しています。