コラム:下から目線のハリウッド - 第46回

2024年7月1日更新

下から目線のハリウッド

ハリウッド映画の予算ってどうやって見積もられる?

沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。

今回は、ハリウッド映画の予算の見積もりについて語ります!


三谷:何かをつくるとなったら、当然、お金が必要になるわけで。今回はハリウッド映画がどういう流れで予算について考えているのかを、本当にざっくりですがご紹介できればと思います。

久保田:一番最初って何をするんですか?

三谷:まず予算を組むに当たって、一番の指針になるのは脚本です。じつは、今ちょうど賞レース選考の真っ只中(※番組収録当時)だったりするので、話題になっている作品の脚本が、サンプルとしてインターネットに上がっているんですよ。

久保田:へ~!

三谷:そこで、今回参考にさせていただいているのが、レオナルド・ディカプリオジェニファー・ローレンス主演の「ドント・ルック・アップ」という映画の脚本(以下リンク)です。

https://deadline.com/wp-content/uploads/2022/01/Dont-Look-Up-Read-The-Screenplay.pdf

久保田:これはNetflixで公開されたやつだよね?

画像1

三谷:そうです。簡単にあらすじを紹介すると、隕石が地球に降ってくることを観測した科学者たちが、世間にその危機を伝えようとするけれど、世の中は自分たちの言っていることを真に受けて聞き入れてくれない……というブラックコメディです。フェイクニュース的な風潮や、陰謀論的な考え方をする人たちの状況も描かれていて、現代社会を見事に風刺している作品ですね。

久保田:これめちゃめちゃ面白かったです。

三谷:ですよね。で、その脚本の冒頭なんですが、最初はト書きだけになります。――画面が真っ黒のところから始まって、お湯が沸くケトルの音がする。すると、お湯を注ぐ人がいて――といった情景が書かれています。

久保田:まだセリフは出てなくて、どういう状況なのかっていうことが説明されているわけだ。

三谷:脚本には一定のルールがありまして。シーンの区切りには場面を示す行があります。この脚本の場合だと「INT. SUBARU TELESCOPE MAUNA KEA - NIGHT」と書かれています。

久保田:場所と時間が書かれている感じだ。

三谷:そうです。「INT.」というのは「屋内で展開する」という意味になります。次に、場所が「SUBARU TELESCOPE MAUNA KEA」なので、「マウナケアにあるスバル望遠鏡の観測所」。そして、時間帯は「NIGHT」、つまり夜です。

久保田:「マウナケアにあるスバル望遠鏡の観測所」の「屋内」。時間帯は「夜」のシーンですよ、と。

三谷:じつは、これがものすごく重要な情報で、撮影をするときに、それは昼なのか夜なのか、室内なのか屋外なのかをきちんと区別していくために、こういう書き方がされています。

久保田:じゃあ、この「- NIGHT」のところには必ず、朝とか昼とか夜とか書いてあるんですか?

三谷:必ず書いてあります。ざっくりと「DAY」か「NIGHT」という分け方がされて、それだけで、どういう状況で撮影するのかが変わってくるわけです。たとえば、スタジオ内で撮影する場合は、「DAY」も「NIGHT」も調整できるわけですが、照明部の人たちからすると、「これは日中の照明の感じでやればいいんだな」とか、そういう情報にもなるわけです。

久保田:なるほどね。

三谷:で、読み進めていくと、ジェニファー・ローレンスが演じてる役名の人が「こんな容姿の人です」と、簡単な説明とともに登場してくる場面が書かれていたり、その彼女が「巨大な望遠鏡を覗き込んでいる」と書いてあったりします。すると、脚本から、小道具的には望遠鏡が必要なんだろうなとか、内装とかを含めて周りの環境をどういうふうに作ったらいいのか、という感じの読み取り方をするんです。

久保田:じゃあ、この脚本を見て小道具さんとかは当たりをつけていくんだ。

三谷:はい。脚本に書いてある範囲で、まずは全部洗い出すということが必要なので。

久保田:めちゃくちゃ読解力が必要じゃない?

三谷:そうなんですよ。それが全部、支出項目になり、予算を組み立てる1つ1つのブロックになっていく感じですね。なので、もしここに「カール・セーガン(※天文学者)のアクションフィギュアが置いてあります」と書いてあったら、「小道具として用意しておいてね」という話になります。

久保田:脚本家とか監督とかプロデューサーが細かく「用意しといてね」とは言わないわけだ。各部門の人が脚本を読んで「わかってるよな?」っていう。

三谷:「それは当然あるでしょ?」みたいな(笑)。

久保田:それは怖いなー。誰かの指示待ちじゃなくて、「脚本を読んで必要だと思うものを用意しておきなさい」っていうやり方なんだ。

三谷:そうなんです。それは小道具だけではなくて、たとえば、この後に音楽が流れている描写が書かれていますが、そうなると曲のライセンスリストにその曲を入れる必要が出てきます。

久保田:そうしたら、担当の人が関連する会社に連絡してライセンスを取っていく感じだ。

三谷:はい。そういう全部の情報が脚本に書いてあるんですね。そして、それをざっくり各部署に割り当てられるであろう要素を拾い上げ、支出項目を把握していくのが予算づくりの最初の作業になります。これは、ラインプロデューサーという役職の人が行います。

久保田:実務上のことはそれぞれのポジションの役割の人に委ねられているから、脚本を読んで「自分が絡むところは用意しといてや!」っていうことか。

三谷:そうそう。

久保田:めちゃくちゃ大変だし、それぞれの部門の人はめちゃめちゃ有能じゃん。

三谷:そうなんですよ。さらに、もう1つ脚本を読むときのポイントがありまして。脚本からシーンの分量を計算するんですが、基本的には1/8ページ区切りで計算します。映画の世界だと脚本1ページが、映像では1分くらいの尺という理解のもとで進んでいるので、一日に撮影できる分量が、脚本の量から類推して現実的かどうかというのを照らし合わせたりするんです。

久保田:それも大変そうな作業だね…。

三谷:たとえば、最初の「INT. SUBARU TELESCOPE MAUNA KEA - NIGHT」というのは、ページの2/8から最後のほうまでいってるので、「分量としては6/8ページ分だね」みたいな感じで読むわけです。そういう読み解き方を脚本の1ページ目から、100ページ目とかまである、全部のシーンについてやるわけです。

久保田:そこから、「製作費はいくらです」ってなるにはまだまだ工程があるよね?

三谷:はい。まだ金額のことは全然わからないけれど、「まず脚本はどうなってるんだっけ?」「何が出てくるんだ?」「どんなシーンがいくつあるんだ?」といったことを洗い出す作業をします。この一連の作業は「ブレイクダウン」と呼ばれています。

久保田:それって、脚本家も予算がいくらになるかわからずに書いているってこと?

三谷:脚本家は、最初は自由気ままに書いていますね(笑)。当然、ブレイクダウンをした結果、「金額的にこれではムリだから、もうちょっと安くするように脚本を書き直しましょう」という話になる場合もあります。

久保田:なるほど。

三谷:だから、もしかしたら、「SUBARU TELESCOPE MAUNA KEA」って書いてあるけど、ハワイで撮影するのは予算的にキビしいからもう少し安いところで調整しよう、という話になることもあります。

久保田:じゃあ、ブレイクダウンしたらそこから予算を見積もる?

三谷:「ブレイクダウン」した後は、スケジュールを組んでいきます。脚本のシーンを全部洗い出して、そのシーンをどういうふうに区分して、一日分の撮影できる量に組み込んでいけるかとかを整理します。それを合わせていってトータルの撮影日数を算出していくわけですね。

久保田:なるほど。どのくらいの期間で撮影できるかでランニングコストも変わるしね。全体のシーンをバラして、調達するものとか、キャストさんのスケジュールとか、ロケーションとかも含めて整理する感じ?

三谷:ざっくり言えばそんなイメージです。

久保田:そのスケジュールって誰が組むの?

三谷:だいたいFirst AD(助監督)かラインプロデューサーですね。First AD は撮影全体のスケジュールと、日々のスケジュールの仕切りを司るポジション、ラインプロデューサーは、支出項目のお金の管理もしなければいけないポジションになります。

久保田:コストを抑えようと思ったら、当然、脚本の順番通りには撮影しないよね?

三谷:その通りです。だから、撮影を見越したシーンのまとめ方としては、同じ場所で撮影するシーンだと、それが物語の序盤と終盤のシーンであったとしても、同じ日に撮影したほうがいいよねってまとめていくことが多いです。。

久保田:もう無限に組み合わせがあるパズルみたいだな…。しかも、これでフィックスですってなったとしても、「すみません、△△のライセンスがとれませんでした」とか「ちょっとキャストが…」とかいろいろ起きるわけですよね。

三谷:いろいろ起きます。

久保田:じゃ、それってもう無理でしょ(笑)。

三谷:いや、そうなんですよ(笑)。映画のクルーって200~300人ぐらいの単位なので、その人たちの4~6カ月くらいの毎日の動きを、全部管理して動かしていくっていうものすごい仕事なわけです。

久保田:いやこれはマジでつくる人も管理する人もすごい…。

三谷:そうやって、たとえば、「シーン20、75、114、115、160、161Aを一日で撮影しましょう!」となったとしましょう。その場合、「だいたい撮影する分量としては5と5/8ページになるから6分くらいの尺が撮れるね」といったような判断で組まれていく感じです。

久保田:スケジュールを組むのってどのくらいの期間でやるの?

三谷:これはけっこう経験がものを言う部分もあります。熟練の人になると5時間とかで脚本を一回ブレイクダウンして、ざっくりとしたスケジュール組むみたいなこともできるらしいです。本当に熟練の人は、ですけれど。

久保田:それはすごすぎるな…。

三谷:そうやってスケジュールを組んだ結果、最終的に、ロケ地にかかる費用や日数も出てくるので、そこからようやく予算を組んでいく段階になります。

久保田:お見積もりですね。

三谷:はい。そこでつくられるのが「トップシート(Top Sheet)」という支出項目がざっくり分かれて記載されるものです。たとえば、脚本を書くために必要な金額や、プロデューサーやディレクターの費用、俳優陣の費用、あとはいろんな人たちの旅費とか。で、このシートには、まず「アバブ・ザ・ライン(above the line)」と呼ばれる、実際に企画のゴーサインが出るまでのところで発生する金額がまず計上されます。

久保田:なるほど。たとえばだけど、予算が5億円ぐらいですって規模感の映画は、金額的には高い方だったりする?

三谷:日本の映画の制作費用って、平均すると2億~5億円だと言われたりしますけれど、
ハリウッド作品だったら5億円の製作費はめちゃ低予算の部類になると思います。

久保田:やっぱり規模感が違うね。全予算の中でかかる予算の割合が高いのはやっぱり出演者のギャラ?

三谷:そこの費用が割合大きくなりがちですね。ちなみにですが、トップシートをつくるときには、それぞれ部門の労働組合の基準を順守して予算を組んでいますよ、ということを示す文言も記載されていて、それぞれの労働組合が設定している最低賃金を下回らないように予算を組んでいく必要があります。

久保田:それは大事だね。

三谷:ここまでを軽くおさらいすると、まずは、脚本から必要な道具や素材やロケーションなどを洗い出す「ブレイクダウン」の工程。次に、実際どのくらいの期間で撮影できるのかのスケジュールを組んで、トータルの撮影日数を算出する工程があって————。

久保田:で、そこから各部門でかかる予算の見積もりをしていくと。

三谷:はい。ざっくりとそういう流れになります。さらに、撮影に入って、新しい要素が組み込まれると予算も更新されて、お金がさらに増えていくわけです。なので映画製作は、お金をどうやって抑えていくかという、非常に難度の高い「予算を管理するゲーム」みたいな側面もありますね。

久保田:最初に「予算がこれくらいです」って言われて仕上がる感じではないんだね。

三谷:そうですね。もちろん、過去にやった作品でスケール的に似ているものがあれば、「じゃあ、このくらいでなら製作できるかな?」という目安にはなると思いますが、基本的には積み上げ型です。

久保田:予算を削らなきゃいけないっていう場合はどうなるの?

三谷:そこは結局、人件費が削られてしまうことは往々にしてありますね。逆に機材とかセットとかは減らしようがないから削られにくいかもしれないです。

久保田:映像の質が落ちたり、セットが安っぽかったりするのは作品として厳しいもんね。

三谷:一方で、人件費を安くしようとすると、今度は問題や事故が起きやすくなったり、安全に働けなかったりするので。そこは本当にせめぎあいですよね。

久保田:予算を削る目的で脚本を書き直すっていうのも手段としてはあるんだよね?

三谷:あると思います。たとえば、集会みたいなシーンで、エキストラの人数を200人で想定していたところを100人にするとか。そういう形で、少しずつ削れるところを探していくことはあります。あと、予算を削っていることが感じられるポイントとして、美術を最低限にして、引きのショットを少なくするというやり方があったりします。

久保田:なるほど!カメラが寄れば、画角に入らないものは作らなくていいから。

三谷:そういうことです。だから、「この映画、引きのショットが欲しいシーンがあるのに少ないな」というときは、予算がなかったのかなと想像することはありますね。

久保田:それは映画製作に関わっている人ならではの視点だね。

三谷:他にも、カメラの前をエキストラが1人通って、その奥に2人くらいしゃべっている感じにしたら、なんとなくもっといっぱい人がいるように補完できちゃうみたいな。

久保田:あとは音とかでごまかせばいいもんね。雑踏の音とか、色んな人の声を入れて。それは賢いやり方だなぁ!

三谷:あとは、実際にロケには行かず、できるだけスタジオの中にすでにあるセットを使うというやりくりの仕方もあります。もちろん、カメラアングルとかの制約も出てきますけど。そういう感じでみんな日々せめぎ合って苦しんで、理想と現実の折り合いをつけているわけです。

久保田:涙ぐましい努力が陰にはあるってことだね。ちなみに、ケータリングの質を落とすっていうはある?

三谷:できることはできますね(笑)。

久保田:ケータリングのいい話的なのでよくあるじゃないですか。大物出演者がシェフを連れてきて、温かいものを現場のみんなに振る舞う、みたいなの。

三谷:はいはい。そういう話はありますね。

久保田:それ狙いでケータリングの予算を削るとかある?

三谷:それ狙いってどういうことですか?

久保田:「今回のキャスト見たら、この3人はケータリングが期待できるから。3日間はケータリングゼロでいこうか」みたいな(笑)。

三谷:さすがにそれは(笑)。

久保田:助監督あたりが「この間の仕事で一緒になったときの君のシェフは最高だったよ!あれは夢のようなケータリングだったぜ!」みたいな。「喜んでもらえて嬉しいよ、じゃあ明日もやろうか?」みたいな。そういうのはないですか?

三谷:ないです(笑)。もし、できたとしても予算の削減からすると、本当に微々たるものだと思うので。ただ、ケータリングは撮影スタッフのやる気というか士気に影響するので、削るとよくなかったりするんですよ。学生映画でもケータリングにピザが出てくるとやる気をなくす人が多かったりして。

久保田:ピザはダメなの?

三谷:ピザはダメですね。アメリカだと一番安く済まされていると思われちゃうメニューです。私がこれまで見たケータリングで嬉しかったのは、野菜ジュースを野菜から作る機械があったんですよ。毎朝それが飲めるのはありがたかったですね。

久保田:それは野菜が足りないから?

三谷:そうですね。なので、自分がプロデューサーとしてやる現場があったらそういうのを置いておきたいなって思っていますね。

久保田:最後はものすごくミニマムな予算の話になっちゃいましたけれど、あらゆるものが予算に結びついていて、その陰には涙ぐましい苦労があるってことですね。

三谷:おっしゃるとおりです。


この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#82~83 ○○からはじまる!「映画の製作費」の見積もり方)でお聴きいただけます。

筆者紹介

三谷匠衡のコラム

三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。

Twitter:@shitahari

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