コラム:下から目線のハリウッド - 第37回

2023年11月27日更新

下から目線のハリウッド

政府レベルの映画産業振興!? 「国際共同製作契約」ってナニ?

沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。

今回のテーマは、2023年6月28日に締結された「日伊映画共同製作協定」から、映画の国際共同製作のハードルについて語ります!


久保田: 今回は、国際共同製作の話ってことですけど。

三谷:はい。そこに絡む話として、まず東京国際映画祭の話をちょっとしたいんですが。今回の東京国際映画祭ってわりと盛り上がっていたみたいで、日本はなんだかんだ注目されているっていう話があったんですよね。

久保田:日本が魅力的な市場ってこと?

三谷:まさに世界から注目を集めているという話ですね。日本は観光資源もあるし、画的にすごく魅力的なんですよ。

久保田:でもさ、撮影のときとかに色々うるさくないの?

三谷:撮影のときはめっちゃうるさいです、日本は(笑)。

久保田:あ、やっぱりそうなんだ。

三谷:撮影の許可を取るもそうですし、インフラが全く整ってないっていう。

久保田:他の国のほうが厳しそうなイメージもあるけど、日本のほうが厳しい?

三谷:日本が、特に東京は世界で一番撮影がやりにくいって言われてたりするんですよね。

久保田:へー。

三谷:ある作品は、海外作品だけれども全編が東京近郊で撮影されたということで、それはなかなか画期的なことではあったんですね。

久保田:業界の人からすると、おぉー!って感じなんだ?

三谷:そうですね。「よくこんな所で撮れたね!」みたいなことが次々と出てくるような感じです。

久保田:普通に観る人からすると、その凄さはわかりにくいんだろうね。

三谷:そうですね。でも言われてみると、都内で撮っている海外作品って、基本的にはあまりないと思います。

久保田:最近、六本木に行ったりすると、いつもYouTuberの人がいたりするよね。カメラといえばそれぐらいしか見ない。

三谷:そうそう。いわゆる200人規模のクルーが道を止めたりっていうことは、これまでされてこなかったので、そういう営みが一般的にもっと受け入れられるいいんですけどね。

久保田:東京でそこまで大がかりな撮影ってなると相当難しいんじゃない?

三谷:これが難しいんですよ、本当に。

久保田:だって、単純にものすごく人がいるじゃん。どこ止められるんだろうって思っちゃうよね。

三谷:そうなんですよ。それに、ただ撮影をする場所を確保すればいいわけではなくて、当然その周りの待機場所や支度場所とかの用意もありますし。

久保田:そうなると、ある程度は封鎖するじゃん。

三谷:そうそう。

久保田:無理じゃん。

三谷:どうしてもいろんなところの日常の営業を止めたり、変えてしまう影響があるせいで、これまでそれがずっと無理だっていうふうに言われてきて。なかでも一番大きい要因と言われているのは、日本の場合、撮影する際のインセンティブみたいなものがない。

久保田:撮影するときのインセンティブ?

三谷:要は、「ここで撮影すると、支払った金額の何割か優遇しますよ」みたいなやつとかがあったりするんですけど、そういうのが日本にはなかったり。だから、「東京で撮影するメリットってあまりないよね」と言われていたりしてたんですよ。

久保田:だったら、もっと優遇される制度のある別のアジア圏でいいじゃん、みたいな。

三谷:そうです。それによっていろんな企画が東京以外のところに行ってしまうという話があって。その中で特に目立った作品で言うと「ホワイト・ロータス 諸事情だらけのリゾートホテル」というアメリカのドラマシリーズ作品があるんですけれど。

画像1

久保田:どういう作品なの?

三谷:リッチでラグジュアリーなバケーション地で繰り広げられる殺人事件の謎を解いていくような、リミテッドシリーズですね。

久保田:へえー。面白そう。

三谷:けっこう面白いですよ。シーズン1はハワイで、シーズン2はイタリアが舞台だったんですけど、シーズン3をどこでやろうかというときに、「今度は東洋で撮りたい」という話になったらしくて。その候補のひとつが実は日本だったということが最近明かされたんですよ。

久保田:お、いいじゃん。

三谷:で、もうひとつの候補がタイだったんですけど、インセンティブがあるということで、結局、タイに決まっちゃったんです。なので、じつはいろんな機会損失があるんじゃないのって言われてもいて、これからはもっと日本にも映画の撮影とかを誘致しようという話があるわけでございます。

久保田:なるほど。じゃあ、サクッと誘致してくれや。

三谷:それはそうしたいところなんですけど(笑)。ただ、誘致するって言っても、「どこまで経済的効果があるの?」とか、いろんな議論も出るわけですよね。一方で、いわゆるG7の先進国の中で唯一撮影のインセンティブがないのは日本だけと言われています。

久保田:そうなんだ。

三谷:だからもうちょっとそこは世界水準にしていこうということで、今、岸田総理もそういう感じの話をし始めていて、わりと注目されていたりするんですよ。

久保田:本当に?

三谷:実際に、衆議院予算委員会で、「クリエイター・アーティストの育成コンテンツの海外展開支援、そして大型海外映像作品のロケ誘致。こうしたものについても政府を挙げて関係省庁連携しながら取り組んでいきたい」という発言をしているんですよ。なので、そういう国際化の動きみたいなものがありつつ、片や、「国際共同製作協定」みたいなものが国ごとで結ばれたりとかしているんですよ。

久保田:そっちの方がなんか進みそうじゃない?だってそれは民間同士でしょ?

三谷:いや国です。

久保田:マジで?

三谷:マジです。実際に今年2023年の6月28日に日本とイタリアで締結されたものがあるんですよ。

久保田:お、すごい。外務省のホームページにも載ってる。「6月28日、林芳正外務大臣は、訪日中のジェンナーロ・サンジュリアーノ文化相(H.E. Mr. Gennaro Sangiuliano, Minister of Culture)との間で、映画共同製作に関する日本国政府とイタリア共和国政府との間の協定(日伊映画共同製作協定)への署名を行いました」。(※引用:外務省 https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_009740.html)ジェンナーロさんと日本の外務大臣が署名してますね。

三谷:「日伊映画共同製作協定」という名前らしいです。

久保田:これは喜ばしいことですか?

三谷:これ喜ばしいと思うんですけど、正直内容はまだわからないです。

久保田:すごい安直なイメージだけど、日本とイタリアの共同製作だったら、マフィア対ヤクザみたいな映画ってできそうだよね。

三谷:そういう企画は出てきそうですね(笑)。

久保田:で、北野武監督に撮ってもらって。

三谷:北野武監督だったら企画も通りそうですね。

久保田:ヨーロッパで名前も知られているし。「キタノがくるんだったらぜひやろう!」って感じになるかもね、イタリア側からしたら。

三谷:そうですね。イタリア側は「パオロ・ソレンティーノ監督でいこうか!」みたいな。それは観たいなぁ。その「日伊映画共同製作協定」は実際にどういうものなのかというところなんですが。これ、外務省のホームページからダウンロードして閲覧することができます。

久保田:今、私たちの目の前にもダウンロードして印刷したものがありますけど……長いですね。

三谷:政府レベルになると、ほぼ条文に近いような感じで、すこぶる真面目な文章になっていきますよね。

久保田:こういうのは大事ですから。双方の文化庁や外務省がドキュメンテーションしていくわけですね。

三谷:そうなんです。正式名称は、『映画共同製作に関する日本国政府とイタリア共和国政府との間の協定』。

久保田:直訳みたい。

三谷:そうですね(笑)。でも、少なくとも「これから2カ国で頑張って一緒に何か作っていきましょう」という意思表示ではあります。

久保田:意思表示はされたけど、じゃあ実際に何をしていきますか、っていうのが次の話だよね。

三谷:そうですね。日本国内で実際にいろんな海外からの作品が来たときに、受注をちゃんとできるのか、とか、そういう仕組みも整備が望まれることなんですけれども。

久保田:海外からの持ち込みってこと?

三谷:そうです。持ち込んではみたもののスタッフが足りないといった状態になってしまったら、せっかくの企画も絵に描いた餅になってしまうので。

久保田:そういうときには、何が一番のハードルになるの?

三谷:いわゆるバイリンガルな映画制作スタッフの母集団が小さいというのはあると思います。そこで、最近になってけっこう活躍する層として注目されているのが、インターナショナルスクール出身の人ですね。

久保田:日本の映画業界で?

三谷:そうです。バイリンガルの環境で育ってきたような人たちが、映画業界の中で国際共同製作的な仕事をやることがちょっとずつ増えているみたいなんですよ。

久保田:たしかに環境的には、小さい頃からいろいろな国籍の人たちとコミュニケーションをとることには慣れてるもんね。うちの近くにもインターナショナルスクールがあったけど、国際色は豊かだったもんなぁ。

三谷:どちらの国の言葉でもコミュニケーションがとれて、且つ、仕事もある程度できる人が必要になってくるというところが、国際共同製作のボトルネックになる部分だったりするんですよ。今の日本の状況だと、例えば、海外からちょっと大きめな2作品の案件が入ってきたらスタッフが足らなくなってしまうかもしれない、という感じがしますね。

久保田:これからはそういう人たちを育てなきゃいけないんだ。今回はイタリアとの協定だったけど、今後は他の国との協定もあるのかね?

三谷:あり得ると思いますね。実は今回の「日伊映画共同製作協定」って、海外との協定で言うと、2例目らしいんですよ。

久保田:そうなの?

三谷:2018年に中国との協定があったらしいです(※「日本国政府と中華人民共和国政府との間の映画共同製作協定」)。なので、この先もっと増えていくことは予想されますね。

久保田:そもそもの話なんだけど、国際共同製作ってどういうメリットがあるの?

三谷:共同製作のいいところというのは、「どちらの国にとっても自国映画として扱うことができますよ」っていうことなんですよ。

久保田:たとえば、全編イタリア語でも共同製作だったら日本映画って言える?

三谷:それだとどうでしょうね。

久保田:プロデューサーが日本人なだけで、全編イタリア語の映画とかだと共同製作感がないよね。それで「日本映画です!」って、けっこう尖ってない?

三谷:そうですね。だから、たとえば途中で日本のラーメン屋に寄っていく、みたいなシーンがあったりして(笑)。ともあれ、こういった協定が締結されること自体はものすごくよいことだと思うので、今後はこの協定を活かすための基盤が大事になるし、それを乗り越えて日本の映画業界も盛り上がっていけるといいですね。

筆者紹介

三谷匠衡のコラム

三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。

Twitter:@shitahari

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