コラム:下から目線のハリウッド - 第34回
2022年6月24日更新
撮影現場のリアルヒエラルキー!~ここまで扱いが違う!? 下から目線の現場体験記~
「沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。
今回のテーマは、映画の撮影現場における「リアルなヒエラルキー」。話題の中心となるのは、三谷さんが演出部(助監督を補助し現場の進行を司る部門)付き制作アシスタント兼通訳(Set PA/Translator)として参加した「沈黙 サイレンス」(2016年製作)での出来事。フィルムスクール卒業直後、三谷さんはどのような経験をしたのか……“実体験”が語られます。
三谷:今回はキャリアを始めたときの撮影現場での体験談をいろいろ話したいなと思っていまして。ぶっちゃけ、「これいつの時代なんだ?」みたいな世界観だったりする部分もあるんですよ。言ってもね、日本って階級とかない社会じゃないですか。
久保田:そうね。
三谷:今は、「スクールカースト」なんて言葉もあったり、それこそ昔は「士農工商」とかもありましたけれど。「人によって扱いが違うってことがあるんだ!」というのを、私はフィルムスクールを卒業した直後に体験したわけです。
久保田:華やかな舞台のウラって感じだね(笑)。
三谷:いやー本当に(笑)。もちろん、当時と今とでは、少し違うとは思うんですけれど、現場はけっこうヒエラルキーを感じましたね。特に私が関わった仕事の中で特徴的だったのは「沈黙 サイレンス」という映画で。
久保田:マーティン・スコセッシ監督の作品ね。
三谷:そうです。あの作品は、アメリカと日本と台湾のスタッフでチームが組まれて、台湾で撮影するという形の映画だったんですけれど……。もちろん、ある程度想定はしていたものの、駆け出しの一スタッフは本当に底辺なんだなーっていうのを感じましたね。
久保田:ヒエラルキーの上の方には、監督さんとか俳優さんとか、制作サイドでもプロデューサーさんとかがいて。
三谷:そうです。で、やっぱりその階層に応じて、いろいろ違いがあるんですね。食べるものも泊まる場所も違うし、仕事に行く時間も違いますし。現場の準備を始めなきゃいけないので、下の人ほど早く行かなきゃいけないんですね。朝3時に起きて――。
久保田:それは「朝」なんですか?(笑)。
三谷:そうですね、当時は「朝」のつもりでした(笑)。それで、現場のいろんな立ち上げの部分を手伝うわけです。
久保田:すごいね。現場で一番偉い人って誰になるの?
三谷:監督です。
久保田:俳優さんより偉い?
三谷:そうですね。「沈黙 サイレンス」の場合、マーティン・スコセッシ監督ということもありますが。
久保田:じゃあ、その現場のトップ・オブ・トップの監督は何で来るの?逆にそれ乗りづらいでしょっていうぐらい長いロールスロイスとか(笑)?
三谷:まぁ、それに近いような状況ですね(笑)。
久保田:マジで!? 監督さんはやっぱり最後に現場に来る感じ?
三谷:そうです。たとえば、撮影開始が朝8時だったら、7時45分くらいに監督が入って来るみたいな。で、その間、朝3時に起きていろいろ現場を用意しなきゃいけない人たちがいると。
久保田:いやー、それはすごい。監督さんが来る頃には、もう4時間とか働いてるんだ。
三谷:そうですね。とはいえ、私は日本から派遣されたスタッフだったので、全体の扱いのヒエラルキーの中では、一番下よりはちょっと良くしてもらえたんですよね。たとえば、ちゃんと台湾でホテルを用意してもらえていましたし。
久保田:監督さんとか俳優さんは、やっぱりいいホテルのスイート的な感じ?
三谷:そうですね。で、それでも私は一番狭い部屋だけど普通のホテルに泊まらせてもらえていたんですけれど、一番大変だったのは、台湾の現地の人たちですね。自分の住んでいるところから通勤してこなきゃいけなくて、日本から来たスタッフよりも大変な状況だったと思います。
久保田:でも、自宅から撮影現場まで遠かったりしたら、どこかにウィークリーマンション的なの借りてとかになるんじゃないの?
三谷:なんですけれど、そのあたりの家賃の補助がなかったりとか。
久保田:それはキビしいなぁ。
三谷:そんな感じで、人によっての松竹梅感がいろんなところに垣間見えるんですね。
久保田:ご飯とかは?
三谷:「松」な人たちは、ちょっとお洒落な洋風な食事だったりして、「竹」だと、ちょっとハイグレードな現地のご飯みたいなのを主要なスタッフや俳優が食べて。で、「梅」の人たちはお弁当を食べるみたいな。
久保田:松の人たちが食べて余ったやつを貰えたりとかしないんですか?
三谷:いやー、そういうことも中々ないですね(笑)。
久保田:いや、たとえばプロデューサーさんとかが「あー、今日はちょっと食欲ないから」って言って、余ったやつでも?
三谷:もしかしたらプロデューサーのアシスタントをしている人が頂くことはあるかもしれないですけど、他の部門にまでに及ぶことはないですかねー。
久保田:そうなんだ。なんか、お大名と町人みたいなのを想像しちゃうな。
三谷:近いものはあるかもしれないですね(笑)。現場で監督が道を通るときに「ちょっと通るから場所あけて!」みたいな感じで。
久保田:へー!それは誰が言うの?監督さん?
三谷:監督のSPとか、助監督の一番偉い人とかですね。
久保田:すごいっすね。
三谷:ただ、そうなると、ヒエラルキーの下のほうにいる人たち同士で、連帯感と結束が生まれてくるんですよね。「大変だよね」って。そこでちゃんと「梅」の人たちに良くしてくれる「松」の人もいれば、ちょっと下に見てくる「松」の人もいたりとかして。まあ、そういうところもやっぱり一生忘れなかったりするんですよね。
久保田:なるほどね。TVとかでもADは永久にADじゃなくて、ディレクターになり、チーフになりプロデューサーになっていくけど、AD時代にひどい扱いされたからって、あるタレントさんは永久に使われないっていう話が実際にあるらしいしね。
三谷:まさにそれです。なので、そういうときにすごく良くしてくれた人はやっぱり印象に残るんですよね。もし、自分が将来偉くなることがあったら、仕事で便宜を利かせようって思ったりするのは絶対あると思います。
久保田:なんか、俳優さんとスタッフさんって扱われ方が違うのって想像はつくんだけど、俳優さんの中でもあったりするのかな?
三谷:なるほど。たとえば、俳優によってトレーラーがもらえる・もらえないみたいなのはあったりしますね。
久保田:トレーラー?
三谷:撮影現場って待機する時間が非常に長いんですが、そこで、ちゃんと冷暖房が効いて、お菓子とかも用意してあって、何なら仮眠スペースもあるようなバスを手配してもらうときがあったりして。
久保田:はいはい。
三谷:そういうトレーラーは監督とかメインの俳優の人たちはもらえるんですけれどサブで頑張ってくれるような俳優――たとえば、「村人」みたいな役の人とか――の場合は、ちょっと大きめな十畳ぐらいのテントで、みんな一緒に待機するみたいな。さらに、その中でも扱いの違いでご不満を抱かれる俳優さんがいたりとか。
久保田:テント内でも差があったりするってこと?
三谷:そうですね。テント内格差みたいな。
久保田:初めて聞く言葉だよ、「テント内格差」なんて(笑)。
三谷:たとえば、椅子の種類が若干違うとか。ソファー的な椅子とプラスチックの椅子と、みたいな。
久保田:一緒の物を用意すればいいじゃん!なにその格付けチェックみたいなのは(笑)。
三谷:そうですね(笑)。でも、さながら芸能人格付チェックのような扱いの違いを結構目の当たりにしましたね。
久保田:その中で、スタッフはテントにも入れない?
三谷:スタッフはそうですね、雨に濡れるみたいな感じですかね。
久保田:マジで?
三谷:基本的にはそうですね。もちろんスタッフ用のトラックみたいなのはありますが、それはトレーラーの後ろに机を並べて作業をする部屋だったりするんですね。
久保田:そっか。待機用の場所ではないんだ。
三谷:そうですね。あ、「雨に濡れる」で思い出しましたけれど、雨具の種類がちょっと違うっていうのもありましたね。良いブーツを履いている人と、申し訳程度のものを履いている人がいる、みたいな。
久保田:もう一緒のもの揃えろよー、なにその格差は(笑)。
三谷:なんなんですかね。全員分の物資が無さそうな雰囲気なんですよね。
久保田:それは、現場が変わってもそうなの?
三谷:わりとそうですね。まぁでも、そういう中でみんな揉まれて結束をつくって、最終的にはひとつの作品が出来上がっていくものだったりするんですよね。
久保田:でも、それはそうだよね。僕もコンテンツには関わってるけど、ひとつのものが出来上がる裏側にはすごくたくさんの人が関わってるからね。
三谷:だからこそ思うのが、こういう下から目線を常に忘れないでいることは、すごい大事だなって思って。いずれ、私も「竹」とか「松」の人になったときに、格差をつけずに人の快適さとかをちゃんと考えていきたいなって思いますよね。
この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#39 撮影現場のリアルヒエラルキー!~ここまで扱いが違う!下から目線の現場体験記~)でお聴きいただけます。
筆者紹介
三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。
Twitter:@shitahari