コラム:清水節のメディア・シンクタンク - 第18回

清水節のメディア・シンクタンク

第18回:世紀の問題作!「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」を10倍味わうためのポイント10

■【サブキャラクターたちの存在意義】

5.<ポーの降格、フィンの失敗、DJの信条> 手柄を挙げても身勝手な行動で犠牲者を出したポーが、降格処分となる組織の現実。ファースト・オーダーに攻撃を加えるべく独断専行するフィンの企ては、失敗に終わる。見事な作戦によるサクセスは容易には訪れない。それらは、ハン・ソロが常に勝ち取ったような奇跡の勝利を許さないという価値観でもある。超人ではなく常人の挫折。そして特攻を仕掛けようとしたフィンの愚かさは、命懸けのローズによって否定される。飄々としたDJの存在も今作ならでは。善と悪がせめぎ合うSWにおいて、「いい奴とか悪い奴とかどうでもいい」と言ってのけ、その両者と取引きする武器商人の存在を観る者に示すのだ。

6.<最高指導者スノークの死> 思えばスノークは大時代的な悪だった。「お前はベイダーではない。ふざけたマスクを被った子供よ」とパワハラの限りを尽くしていた大仰な悪人は、カイロ・レンの手で殺された。その正体は、ダース・プレイガスか、奈落の底に落ちたダース・シディアスか、などという憶測をあざ笑うようにして何も明かされぬまま消えていった。スノークの呆気ない死は、世界征服を目論む強大でありながら抽象的すぎる悪の否定だ。下剋上したカイロ・レンは憎しみを抱き、屈折した現実的な悪。ドラマの迫真性は増していく。

■【ジェダイの聖典を焼き払え】

7.<ジェダイは乗り越えるべき目標> CGIキャラクターではなく、フランク・オズがパペットを操り、温もりを感じさせるヨーダの復活は、懐かしく嬉しい限り。厳しかったマスターも丸くなった。非の打ちどころがなさそうなジェダイの教条主義も、禁欲さが度を越せば暗黒面がはびこる温床となる。ヨーダはジェダイの聖典を"カビ臭い本"と称し、「過去など打ち捨てよ」とルークを促す。ジェダイの聖なる書物という遺産も「レイが持っているものを超えられるほどのものではない」と指摘し、悩めるルークに「弱さと愚かさ、失敗の経験も伝えよ」と諭した。聖典を焼き払おうとして逡巡するルークに代わって、収められた大樹に火を放ったのはヨーダだった。霊体が現実に干渉できるというフォースの新解釈。そして「彼ら」にとって、ジェダイ・マスターは「乗り越えるべき目標」であるという概念が示される。やはりレイは、ジェダイとは異なる存在なのか。

■【ライアン・ジョンソン作品のイコン】

8.<ベンを欺いた尊師ルークの大技> ようやく探し当てたルーク。レイがライトセーバーを手渡すと片手で後ろにポイと放り投げ、笑いすら誘う意外な行動に、ライアン・ジョンソン作品「ブラザーズ・ブルーム」の場面がデジャブする。詐欺師仲間に扮した菊地凛子が、話題をそらすようにして手にしたリンゴを後ろの海に投げ捨てた。詐欺を繰り返してきた兄弟の弟は、筋書きのない人生を求める。"欺く"というキーワードは「最後のジェダイ」の重要なキーワードだ。惑星クレイトでのルークとベンの一騎打ち。フォースは分身の術も可能にするという新解釈。集中砲火にも耐えたルークとライトセーバーを交えても、ベンは気づかなかった。ベンが激しく動けば、塩の地表で覆われた赤い鉱物が飛び散るが、ルークの足元が穏やかな様子をカメラは捉えている。

9.<永遠のループを断ち切る> SWに抜擢されるきっかけともなった代表作「LOOPER ルーパー」では、少年の前に拡がる悪への道を断ち切るため、主人公がある決断に出る。定められた未来に抗い、繰り返される永遠の連鎖からの解放し、運命を変えるのだ。ジョンソンは同様のテーマをSWに持ち込み、「最後のジェダイ」によって、永遠に繰り返されていたかもしれない神話の法則、サーガのループを断ち切ったともいえるだろう。

■【ジェダイ消滅後の新たなる世界観】

10.<夜空を見上げる惑星カントニカの少年> ラストシーンを飾るのが、スカイウォーカー家の人々ではないSW映画は今作が初めて。最後に映し出されたのは、カジノ都市カント・バイトを擁する惑星カントニカの厩舎で働く少年だった。劇場パンフによれば、彼の名はテミリ・ブラッグ。フィンとローズが逃走する際、手助けした少年だ。人形を手にして、興奮気味にルーク・スカイウォーカーの伝説を仲間に話し聞かせるテミリは、雇い主から働くように叱られ、厩舎の外に出ると、立てかけてあった箒に手をかざしただけで引き寄せる。フォースが覚醒したのだろうか。彼の指にはレジスタンスの指輪。このシーンは、今作のさまざまなシーンと呼応する。まず、レイの両親が名もなき人々であるというベンの言葉に信憑性を与える。選民思想を否定し、ごく普通の人々もヒーローになり得るという新たな世界観の提示だ。ルークは「今や世界からジェダイが消えたことで美化され神格化されている。しかし神話のベールを取り去れば、ジェダイの遺産は無意味だ。偽善と傲慢だけ」と吐き捨てるように言ったが、最後には伝説となることを引き受けたのだ。そしてホルド提督が「あまねく銀河の片隅で虐げられた人々が、私たちのシンボルを目にし、希望を託してくれています。私たちは共和国復活の灯を燃え上がらせる火花なのです」と語ったことにもつながる。まだ人生を始めていない、何者でもないテミリは希望に胸を膨らませ、カントニカの夜空を見上げる。かつてルークが、タトゥイーンの夕陽を見つめたように――。ライアン・ジョンソンは、エピソード9後に始まる新SW三部作の構想と、その1作目の監督をディズニーから委ねられた。このラストシーンで打ち出したテーマが決め手になったであろうことは想像に難くない。

ところで、実はジェダイの聖典は燃やされていなかったと暗示している演出にお気づきだろうか。ラスト近く、生き残ったわずかなレジスタンスはレイが乗ってきたミレニアム・ファルコンに避難する。フィンは昏睡状態のローズに毛布を掛けてあげようとして、ベッドの下の引き出しを開ける。その脇に聖典らしき古書が収められている。全8巻。これまで8本のSW映画こそが聖典であるというサインを忍ばせていた。ジェダイ・マスターが自ら燃やしたはずの聖典を、密かにレイに持ち帰らせたのだろうか。過去を葬り去ったと見せかけ、大切に保管しておく……。これもジョンソンらしいSWへの敬意の表明の仕方なのだろう。完結編であるエピソード9の監督J・J・エイブラムスは、どう収集を付けるのか。今作からの引き継ぎは多大なプレッシャーのはず。あと2年。世紀の問題作「最後のジェダイ」を、IMAX、3D、4DX、吹替版とバージョンを変えて観直しておくとしよう。

筆者紹介

清水節のコラム

清水節(しみず・たかし)。1962年東京都生まれ。編集者・映画評論家・映画ジャーナリスト・クリエイティブディレクター。日藝映画学科中退後、映像制作会社や編プロ等を経て編集・文筆業。映画誌「PREMIERE」やSF映画誌「STARLOG」等で編集執筆。海外TVシリーズ「GALACTICA/ギャラクティカ」日本上陸を働きかけ、DVD企画制作。著書に「いつかギラギラする日/角川春樹の映画革命」、新潮新書「スター・ウォーズ学」(共著) 。WOWOWのノンフィクション番組「撮影監督ハリー三村のヒロシマ」企画制作でギャラクシー賞、民放連賞最優秀賞、国際エミー賞受賞。