コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第9回
2010年10月7日更新
映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。
が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。
というわけで、2週間に1度、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。
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「グエムル 漢江の怪物」
怖くておかしい。おかしくて怖い。
グエムル=漢江の怪物は泳ぐ。グエムルは跳ねる。グエムルは駆ける。グエムルが動くと、周囲の人間も動き出す。驚き、あわてふためき、おびえて走る。すると、映画全体も鼓動を打ちはじめる。いいかえれば「グエムル 漢江の怪物」には、見世物のスリルと楽しさがあふれている。
グエムルは環境汚染の産物だ。米軍基地で捨てられた大量の化学物質が漢江に流れ込み、おたまじゃくしのような生物を巨大化させる。グエムルのサイズは大型バスで、動きも素早い。水陸両棲で人間を襲って食べ、生け捕りにした人間は、保存食として下水溝に「貯蔵」する。
ヒョンソ(コ・アソン)という少女も、暗がりに貯蔵されている。父親のカンドゥ(ソン・ガンホ)は、祖父や弟や妹(ペ・ドゥナ)の力を借りて、ヒョンソを救い出そうとする。といっても、カンドゥは駄目男だ。髪を黄色に染め、すぐ居眠りをはじめてしまう。しかもグエムルに接触した彼は、「ウイルス保菌者」と見なされ、政府機関に隔離される。
監督のポン・ジュノは、この活劇を一本調子に描かない。シリアスな場面からまぬけな場面へ、衝撃的な場面から笑える場面へと跳躍を繰り返し、観客の感情を1カ所に停滞させない。
このダイナミズムが「グエムル 漢江の怪物」には一貫している。ときおり混じる世情諷刺の部分で映画の速度が少し落ちても、すぐあとには猛スピードの奇想天外アクションが待っているのだ。重喜劇の要素やB級活劇の要素をふんだんに取り込みつつ、ポン・ジュノは人に真似のできない映画を撮りつづけている。
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WOWOW 10月18日(金) 23:00~01:01
英題:The Host
監督:ポン・ジュノ
出演:ソン・ガンホ、ペ・ドゥナ、ピョン・ヒボン
2006年韓国映画/2時間
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「気分を出してもう一度」
正直に告白すると、私はブリジット・バルドーのちんくしゃ顔が苦手だ。すらりと伸びた脚といい、上から90-50-88のプロポーション(腰のくびれがとくに素晴らしい)といい、眺めとしての体型はスペクタクルの一語に尽きるのだが、顔に眼を移すと、うーん困った、という感想が頭をもたげてくる。バルドーのファンにはすまない気もするが、趣味の問題と思って許してもらうほかない。
ただし「気分を出してもう一度」のバルドーは実に楽しい。軽快で、気まぐれで、愛嬌があって、天衣無縫という言葉がこれほどぴったり来る役柄も珍しい。
バルドーが扮するビルジニーは、大好きな歯科医の夫(アンリ・ビダル)と結婚して3カ月の若妻だ。ところがちょっとした弾みで、夫がダンス教師の美女(ドーン・アダムス)に浮気心を抱いてしまう。もっと悪いことには、その美女が殺され、現場に居合わせた夫が殺人犯の濡れ衣を着せられてしまうのだ。
そこでビルジニーが乗り出す。ダンス教室に潜入して真犯人を見つけ出そうとする。
といえばわかるように、この映画は犯罪映画のふりをしたシャンペン・コメディだ。いいかえるなら、甘くて軽くて泡が弾ける他愛ない笑劇。なかでも楽しいのは、ダンス教室に潜入したビルジニーが、教室のオーナー(美女の夫)とマンボを踊るシーンだ。
このシーンのバルドーは、本当に身が軽い。ステップが速いだけでなく、身も心もうきうきした様子が画面全体からふんだんにこぼれ落ち、その快活さがたちまち観客に伝染するのだ。なんとも心地よい運動神経ではないか。1950年代のバルドーは、これ1本で「小悪魔」の呼び名をほしいままにした。
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「気分を出してもう一度」
NHK衛星第2 10月25日(月) 13:00~14:33
原題:Voulez-vous danser avec moi?
監督:ミシェル・ボワロン
出演:ブリジット・バルドー、アンリ・ビダル、ドーン・アダムス
1959年フランス/イタリア合作/1時間31分