「本日休診」「愛のメモリー」 : 芝山幹郎 テレビもあるよ

ホーム > コラム > 芝山幹郎 テレビもあるよ > 「本日休診」「愛のメモリー」
メニュー

コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第36回

2012年5月1日更新

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、毎月、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

「本日休診」

井伏鱒二の小説では、三雲病院の所在地はたしか蒲田駅の近くだったはずだ。が、映画では場所が特定できない。画面には省線電車が走り、汚い水辺が映る。終戦直後の東京の下町なら珍しくない風景、ということになるか。当然、生活は貧しい。衣も食も粗末で、「電車住宅」などというものまで出てくる。

が、「本日休診」は貧乏臭くない。まず、テンポが速い。グランドホテル形式を借りてさまざまな登場人物を病院に出し入れし、彼らの一挙手一投足を描く。話をまわすのは八春先生(柳永二郎)だが、周辺を彩る顔ぶれがにぎやかだ。チンピラの鶴田浩二、頭のおかしい三國連太郎、頼りない佐田啓二、健気な淡島千景、不幸な角梨枝子、看護婦の岸惠子、ばあやの長岡輝子、佐田の母親の田村秋子、盗人の情婦の望月優子、ぐうたら男の多々良純、警官の十朱久雄

ここで見逃せないのは、役者の顔、とくに若い俳優の顔立ちが華やかでくっきりしていることだ。三國、佐田、淡島、岸と並べればのちの大スターばかりだが、映画の公開された1952年当時はまだ若手の扱いだった。そんな彼らの輝きが、映画の輪郭を鮮明にする。話のスピードを上げ、ドライな笑いを醸し出し、どこかいびつな偏りさえもたらす。

これはキャスティングの勝利だ。地味で渋い俳優ばかりを集めていたら、映画の印象はもっと煤(すす)けていたにちがいないからだ。逆説を弄するようだが、精気あふれる華やかな役者の存在は、貧困や荒廃をくっきりと際立たせる。余分な湿度を吹き飛ばし、混沌とした風景に立体感を与える。井伏鱒二の原作にふくまれる一筆描きの飄逸(ひょういつ)や諧謔(かいぎゃく)を形にする上でも、これは適切な手法だった。渋谷実の技巧と屈折、侮るべからず。望月優子の腰巻姿にもびっくり仰天させられる。
_____________________________________________

本日休診

BSプレミアム 5月11日(金) 13:00~14:37

監督:渋谷実
原作:井伏鱒二
脚本:斎藤良輔
出演:柳永二郎淡島千景鶴田浩二佐田啓二三國連太郎岸惠子
1952年日本映画/1時間37分

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「愛のメモリー」

音楽は「めまい」を手がけたバーナード・ハーマン 音楽は「めまい」を手がけた
バーナード・ハーマン
(C)1975 Yellowbird Films, Ltd. [拡大画像]

ずっと前に見たような気がしていたのだが、35年前の映画だから大昔というわけでもない。もっとも、無茶な話だったことはよくおぼえている。キャメラをぐるぐる回すブライアン・デ・パルマお得意の手法や、最後のスローモーション映像なども、忘れろというほうが無理なくらい派手だ。

話のベースは「めまい」である。「レベッカ」の風味もぬかりなく加えられている。公開当時存命だったヒッチコックが機嫌を悪くした、という話は私の耳にも入ってきたが、映画の語り口はヒッチコックとかなり異なる。

率直な話、デ・パルマはヒッチコックほど話術に長けていない。雰囲気を盛り上げ、あくどいほどイメージを積み重ね、それでも足りずに劇画的な展開に走ってしまうのは、この人の癖というか、業に近い体質だ。

愛のメモリー」も例外ではない。ニューオーリンズとフィレンツェを物語の舞台に選んだことからも雰囲気先行の気配は伝わってくるし、二役を演じるジュヌビエーブ・ビジョルドが最初の役でひと言も台詞を話さないのも、けっこうトリッキーな感じを与える。

要するに、これはやりすぎの映画である。話は作りすぎだし、説明は過剰だし、芝居はオーバーアクトだし、撮影や編集もそこまでやるかというケレンに満ちている。

だが、この映画の場合は「やりすぎが似合っている」と私は思う。もし仮に、語り口がもっと達者で、細部の陰翳も豊かだったら、「愛のメモリー」の行き着く先は退屈きわまる火曜サスペンスとなってしまう。偶然の所産かもしれないが、デ・パルマはこの惨事を避けることができた。ときおり突っ込みを入れつつ誇張を楽しむのが、この映画の正しい鑑賞法かもしれない。
_____________________________________________

愛のメモリー

WOWOWシネマ 5月26日(土) 19:15~21:00

原題:Obsession
監督:ブライアン・デ・パルマ
脚本:ブライアン・デ・パルマポール・シュレイダー
撮影:ビルモス・シグモンド
音楽:バーナード・ハーマン
出演:クリフ・ロバートソンジュヌビエーブ・ビジョルドジョン・リスゴーワンダ・ブラックマン
1976年アメリカ映画/1時間39分

[筆者紹介]

芝山幹郎

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

このページの先頭へ

最近チェックした履歴

映画の検索履歴

他の映画を探す

映画館の検索履歴

他の映画館を探す
Jobnavi
採用情報