「めまい」「サイコ」 : 芝山幹郎 テレビもあるよ

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コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第27回

2011年7月27日更新

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、毎月、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。
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「めまい」

キム・ノバクの複雑な表情に注目 キム・ノバクの複雑な表情に注目 写真:Album/アフロ [拡大画像]

あれはトロンボーン・ショットと呼ぶらしい。人に教わって呼び名を知ったとき、私は思わずにやりとした。なるほど、そうか。あの楽器の使い方に似ているからか。

塔の吹き抜けの模型を作って横たえ、レンズをズームインさせると同時に、キャメラを後退移動させる撮影方法。

結果が、あの有名な映像だ。吹き抜けの側壁が近づきながら遠ざかり、観客は悪夢のような「めまい」の感覚を味わう。それも、高いところから落ちていくときのあの感覚。

そう、「めまい」の主人公スコッティ(ジェームズ・スチュワート)は、映画のなかで落ちる感覚を随所で味わっている。高所恐怖症に苦しめられていることはもちろんだが、サンフランシスコの急坂を車で走るとき、彼はいつも下り坂を走る。いや、それよりもなによりも、彼は文字どおり恋に「落ちる」。

相手の女はマデリーン(キム・ノバク)という。スコッティは富豪の友人に、情緒不安定な妻の行動を見守ってほしいと依頼を受ける。マデリーンは、一見クールなブロンドの美女だ。尾行をつづけるうち、彼は恋に落ちる。だが、なにかが腑に落ちない。

有名すぎる映画だから、これ以上筋書は書かない。ただ、何度見ても新発見がある。たとえば、赤と緑を生かした色彩設計。金髪とグレイのスーツの微妙なコントラスト。あるいは、キム・ノバクの顔に刻まれた不安と苦痛と喪失の感情。

操作と呼ぶにはあまりにも巧緻(こうち)な技術を用いて、ヒッチコックは観客の感情を煽動しつづける。視点の移動と欲望の変化と空間の歪曲を重ね合わせる大胆な手法が、後世の映画作家をどれほど刺激したかはいうまでもない。スコセッシデ・パルマリンチも、「めまい」がなかったら出現できなかったのではないか。
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めまい

WOWOW 8月18日(木) 8:30~10:40

原題:Vertigo
監督:アルフレッド・ヒッチコック
撮影:ロバート・バークス
音楽:バーナード・ハーマン
出演:ジェームズ・スチュワートキム・ノバクバーバラ・ベル・ゲデス
1958年アメリカ映画/2時間10分

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「サイコ」

伝説のシャワーシーン以外にも見どころはたっぷり 伝説のシャワーシーン以外にも見どころはたっぷり 写真:Album/アフロ [拡大画像]

「話が割れている」という言い方は、通常、否定的に用いられる。複数の主人公が出てきたり、話の焦点がぼけたりすると、観客はとかくこういう難癖をつけたがる。

が、「サイコ」を見て、話が割れていると難じる人はいない。主人公マリオン・クレインを演じるジャネット・リーが開巻後50分で消えてしまうにもかかわらず、それに不平を漏らす人を、私は寡聞にして知らない。

理由は明快、ヒッチコックが巧いからだ。ヒッチコックはマリオンとノーマン・ベイツ(アンソニー・パーキンス)の接触をとても入念に撮っている。バトンタッチのゾーンを不自然なほど長く取り、重層的という言葉を想起させるほど、ふたりの心理的なからみをねっちりと撮る。

だからこそ、主役が唐突に入れ替わっても観客は驚かない。いや、観客は無意識のうちに知っているのだ。悪夢とは唐突に変化するものだ。悪夢は継続性を求めない。そして悪夢は、二重底になっていることが珍しくない。

ヒッチコックは「サイコ」を80万ドルの予算で撮った。クルーはテレビ番組「ヒッチコック劇場」のメンバー。1960年といっても、相当に安上がりだ。ベイツ・モーテルと不気味な邸(やしき)は、ユニバーサル・スタジオの片隅に建てられた安直なセットだ。

それでも「サイコ」は怖い。ジャネット・リーは撮影のあとしばらくシャワーを浴びられなくなったそうだが、怖い場面はほかにも多い。探偵が襲われる直前の俯瞰撮影も怖いし、車が沼に沈められる最後の瞬間も、一度見たら忘れられない。「サイコ」のヒッチコックは、持ち前のふくみ笑いとエレガンスをかなぐり捨てている。この映画の彼が狙ったのは、「精密に組み立てられたキワモノ」の匂いではなかったか。
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サイコ

WOWOW 8月16日(火) 8:00~9:50

原題:Psycho
監督:アルフレッド・ヒッチコック
撮影:ジョゼフ・ステファーノ
音楽:バーナード・ハーマン
出演:アンソニー・パーキンスジャネット・リーマーティン・バルサム
1960年アメリカ映画/1時間50分

[筆者紹介]

芝山幹郎

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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