コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第17回

2011年2月15日更新

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、2週間に1度、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「愛する時と死する時」

ジョン・ギャビン(右)はサーク監督の 「悲しみは空の彼方に」にも出演
ジョン・ギャビン(右)はサーク監督の 「悲しみは空の彼方に」にも出演

おや、とつぶやきたくなる描写が映画のなかほどにある。

空襲を受けた廃墟に、一本の木が焼け残っている。木の半分は火傷を負った状態だが、残った枝が花を咲かせている。それを見た登場人物がこうつぶやくのだ。「爆撃の熱で周囲が暖まったから、花が早く咲いたのね」

こういう描写を含んだ戦争映画を、私は寡聞にして他に知らない。ただ、眼と耳にはくっきりと残る。さすがはダグラス・サーク、ともつぶやきたくなる。

愛する時と死する時」は、1944年を時代背景に選んでいる。第2次大戦は終結に近く、ドイツ軍の敗色は濃厚だ。

主人公のエルンスト(ジョン・ギャビン)は対ロシアの最前線で戦うドイツ軍兵士だ。3週間の休暇をもらった彼は、故郷に帰省する。が、何度も空襲を受けた町は、廃墟同然だ。両親の行方もわからない。

エルンストは、幼馴染のエリザベス(リロ・プルファー)と出会う。ふたりは恋に落ちる。エリザベスの自宅はナチスに接収され、彼女はその一室だけを与えられている。医師だった父は、戦争に批判的な態度をとったため強制収容所に入れられている。

サークはここから大胆な技を用いる。廃墟や空襲を描いて銃撃戦を描かず、住民を描いて軍隊の行動を省くことで、戦争の傍若無人ぶりを浮き彫りにしてみせるのだ。しかも彼は、限られた時間しか与えられていない若い男女を、なんと結婚させてしまうではないか。ハリウッド映画ではまず考えられない展開だ。

この強引さはなんだろう。

いや、強引な展開にもかかわらず、観客の眼にはナチスの頽廃や戦争の理不尽さが否応なく焼き付けられるはずだ。いいかえれば、無茶な恋愛と無茶な戦争は、映画のなかでほとんど合わせ鏡のように対置されている。不思議な構造だ。だからこそ、「愛する時と死する時」は観客の脳裡にこびりつく。ジャン=リュック・ゴダールは、この映画をとても高く評価していたという。

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愛する時と死する時

NHK衛星第2 2月17日(木) 13:00~15:15

原題:A Time to Love and a Time to Die
監督:ダグラス・サーク
原作:エリッヒ・マリア・レマルク
出演:ジョン・ギャビンリゼロッテ・プルファードン・デフォー
1958年アメリカ映画/2時間12分

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「三人の妻への手紙」

リタ(アン・サザーン)の夫に扮したのは のちの大スター、カーク・ダグラス
リタ(アン・サザーン)の夫に扮したのは のちの大スター、カーク・ダグラス

ジョセフ・L・マンキーウィッツは過小評価されていないだろうか。映画史の暗がりに埋もれて、忘れられているのではないか。それとも、だれかの密かな宝物として、戸棚の奥に死蔵されているのだろうか。

唐突かもしれないが、私はふとコーエン兄弟の名を連想する。作風はちがう。映像もちがう。が、才気の質が似ているときがある。ひいては、重層的な語りの仕掛け方や嘘のつき方が似ていると感じられるときがある。

三人の妻への手紙」も一筋縄では行かない映画だ。とりあえずはコメディと規定したくなるが、それだけでは足りない。女性映画とか社会諷刺映画とか世相観察映画とかいったレッテルを持ってきても1枚では足りない。

舞台は、たぶんアメリカ東部のサバービアだ。その町に3人の女がいる。3人とも夫がいて、階層的にはアッパーミドルだ。そんな彼女たちのもとにアディ・ロスという女から手紙が届く。文面は、「あなたたちの夫のだれかひとりと、私は駆け落ちします」というものだ。穏やかではない。小洒落た生活に波風が立ちはじめる。

そこで、映画はフラッシュバックに入る。3人の女が結婚した経緯や、結婚生活の危機が祝福と呪いの両方を伴った過去として描き出される。内弁慶のデボラ(ジーン・クレイン)、自立志向のリタ(アン・サザーン)、山師の素質を持ったローラメイ(リンダ・ダーネル)。三者三様の強さや危うさが夫たちの肖像とともに描き出される様子は、まるで万華鏡を見ているようだ。ただし、アディ・ロスの姿は最後まで画面に現れない。

あ、その手だったか、と思う方はいらっしゃるだろう。が、手口がわかっても思わず引きずり込まれる映画があることを忘れてはならない。「三人の妻への手紙」はそういう映画だ。マンキーウィッツは、この映画でアカデミーの脚本賞と監督賞の両方を受賞した。

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三人の妻への手紙

WOWOW 2月23日(金) 09:40~11:25

原題:A Letter to Three Wives
監督:ジョセフ・L・マンキーウィッツ
脚色:ジョセフ・L・マンキーウィッツ、ベラ・キャスパリー
原作:ジョン・クレンプラー
出演:ジーン・クレインリンダ・ダーネルアン・サザーンカーク・ダグラス
1949年アメリカ映画/1時間43分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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