コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第12回

2010年11月30日更新

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、2週間に1度、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「知りすぎていた男」

アメリカに渡ったヒッチコック監督が「暗殺者の家」を セルフリメイク。中央がジェームズ・スチュワート
アメリカに渡ったヒッチコック監督が「暗殺者の家」を セルフリメイク。中央がジェームズ・スチュワート

感じがいい、と思う。安心もできる。ヒッチコックのベスト作品ではないし、刻みの浅い部分や突っ込みたくなる部分もないではないが、「知りすぎていた男」は娯楽映画としてよくできている。なによりも、語りのペースが緩急自在だ。

映画は、モロッコのマラケシュではじまる。学会の帰途、観光にやってきたアメリカ人医師の一家が、なにやら怪しげな気配の漂うできごとにつぎつぎと巻き込まれるのだ。

医師の名はベン・マッケンナ(ジェームズ・スチュワート)という。妻のジョー(ドリス・デイ)はロンドンで活躍した歌手で、息子のハンクはまだ幼い。

そんな彼らが、挙動不審なフランス人と出会う。親切そうなイギリス人夫婦とも出会う。だが、フランス人は市場の喧騒のなかで刺殺され、ベンに秘密めいたメッセージを託す。そしてハンクの姿が、イギリス人夫婦とともに見えなくなる。

マッケンナ夫妻は彼らを追ってロンドンへ飛ぶ。フランス人が託したメッセージはなにを意味するのか。そして夫妻は、ハンクと再会することができるのか。

事件に巻き込まれた無辜(むこ)の市民が、自力で窮地を脱するという設定は、ヒッチコックの十八番といってよい。しかも「知りすぎていた男」は「北北西に進路を取れ」と並んで、サービス精神に満ち満ちている。某国首相を狙う暗殺シーンのスリリングな展開はもちろんのこと、ドリス・デイが「ケ・セラ・セラ」を歌う場面、手足の長いジェームズ・スチュワートがいろんな勘違いをしてもたつく場面をふくめて、この映画はローラーコースター的に客を楽しませてくれる。

いうまでもないが、原案はヒッチコック自身が英国時代に撮った「暗殺者の家」(1934)だ。ヒッチコックは脚本家のジョン・マイケル・ヘイズにみずから筋書を語ったあと、旧作をまったく見せることなく執筆にとりかからせたといわれる。

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知りすぎていた男

NHK衛星第2 12月7日(火) 21:00~23:00

原題:The Man Who Knew Too Much
監督:アルフレッド・ヒッチコック
出演:ジェームズ・スチュワートドリス・デイダニエル・ジェラン
1955年アメリカ映画/2時間

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「ローラ殺人事件」

名匠O・プレミンジャーの処女作。V・プライス(左)は M・ジャクソンの大ヒット曲「スリラー」のナレーションで有名
名匠O・プレミンジャーの処女作。V・プライス(左)は M・ジャクソンの大ヒット曲「スリラー」のナレーションで有名

フィルム・ノワールは、ときどき反則行為を働く。犯罪映画なのに、犯人がだれかを観客に忘れさせてしまうのだ。いや、犯人などだれでもいいと思わせる逸脱がふくまれる、と言い換えたほうが適切だろうか。

ローラ殺人事件」も特殊な犯罪映画だ。私はこの映画を何度か見ているが、ときどき犯人の存在を忘れてしまう。謎解き自体もまずまず面白いのだが、それ以外の部分にもっと複雑な味があるので、ついそちらに見入ってしまうためかもしれない。

舞台は1940年代のニューヨークだ。ローラ(ジーン・ティアニー)は広告会社に勤める美貌のキャリアウーマンだ。彼女は、著名な老コラムニストのウォルド・ライデッカー(クリフトン・ウェブ)に接近し、彼にえこひいきされて出世コースを歩みはじめる。

そんなローラが、シェルビー(ビンセント・プライス)という若い男に出会い、肉体的に惹かれはじめる。いわば変則的な三角関係がはじまるわけだが、ある夜、ローラのアパートで殺人事件が起こる。凶器はショットガン。遺体は損傷がはなはだしい。捜査に当たるマクファーソン刑事(ダナ・アンドリュース)は、部屋に飾られたローラの肖像画に眼を奪われる。残された日記や手紙を盗み読みし、引き出しの肌着に触れ、香水の匂いを嗅いで生身の彼女を想像する。

このオブセッションが映画の急所だ。いや、妙な行動を取るのは刑事だけではない。ウォルドもシェルビーも、そろって癖が強い。そんな彼らが、なにかといえば豪奢な内装のアパートで顔を合わせて奇妙な会話を積み重ねる。そう、「ローラ殺人事件」には、俳優の映画という特性も濃厚に感じられる。公開当時55歳だった舞台の名優ウェブや、のちに怪奇映画で知られるプライスの演技には、ぜひとも眼を凝らしていただきたい。

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ローラ殺人事件

WOWOW 12月8日(水) 9:40~11:10

原題:Laura
製作・監督:オットー・プレミンジャー
出演:ジーン・ティアニーダナ・アンドリュース、クリフトン・ウェブ、ビンセント・プライス
1944年アメリカ映画/1時間29分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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