コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第94回
2021年4月29日更新
フランス政府は海外からの観光客条件付きで受け入れを準備 7月開催予定のカンヌ映画祭はどうなる?
パンデミックの影響で、5月から7月に開催が延期されたカンヌ国際映画祭のオープニング作品が、レオス・カラックスの新作「Annette」に決定した。前作「ホーリー・モーターズ」(2012)以来9年ぶりとなる本作は、主演かつ共同プロデューサーも務めるアダム・ドライバーが、「ロック・オペラ」と呼ぶミュージカル。一説にはセリフの95パーセントが歌とも言われる。主人公はハリウッドのスタンダップ・コメディアンと人気シンガーのセレブ・カップルという設定で、ヒロイン役は当初ルーニー・マーラ、ミシェル・ウィリアムズ、リアーナなどの名前が次々に挙がっていたが、最終的にマリオン・コティヤールに落ち着いた。コティヤールは「NINE」(09)以来のミュージカルとなる。
カラックス映画のご多分にもれず難産だった本作に、6年前から関わってきたドライバーは、「この映画のために長年監督と話し合いながらスケジュールを調整してきただけに、実現できて本当に嬉しい。カラックスは唯一無二の存在。現代の偉大な監督のひとり」と称賛する。
一方コティヤールは、「脚本を読んでその奇抜さ、形容しがたい深味に魅了されました。カラックスの詩的な天分、あふれるイマジネーションに心を奪われたのです」と、そのインパクトを語っている。キャストは他にサイモン・ヘルバーグ、歌手のアンジェール、福島リラ、水原希子、古館寛治ら。音楽を手がけるのはアメリカのロック・バンド、スパークス。すでに公開されているフッテージを見る限り、「ホーリー・モーターズ」と「ポーラX」を足して2倍にしたような、壮大でファンタジックな世界だ。
映画祭ディレクターのティエリー・フレモーはさらに、昨年の「カンヌ・レーベル」に選ばれつつ、未公開のままであるウェス・アンダーソンの「フレンチ・ディスパッチ」と、やはり昨年から噂に上がっていたポール・バーホーベンの新作「Benedetta」のコンペ入りも明らかにした。残りのラインナップは5月27日に発表される。
だが、目下の問題はセレクションよりも、果たして本当に今年のカンヌは実現できるのか、ということにある。なんといってもフランスは、この原稿を書いている4月27日の時点で、いまだ娯楽施設や飲食店、不要不急のブティックは閉まったまま、再開日も決定していない(一応5月半ばの再開を目指すと言われている)。だがそれでもカンヌ側は7月開催に強気である。その理由は、欧米におけるワクチン接種が、夏までにはかなり行き渡ることを予想していることが考えられる。実際アメリカとともにイタリアやスペインでも、映画館がすでに開き始めている。
また4月18日にCBSのインタビューに答えたマクロン大統領が、アメリカを含む海外からの観光客を、ワクチン接種済み、またはPCR検査陰性の者に限り、5月あたりから受け入れられるよう準備中であると語ったことも、後押ししているだろう。もしそうなれば、今年の審査員長に決まっているスパイク・リーをはじめ、アメリカからスターを迎えることが可能となり、ある程度体裁を保つことができる。だがもちろん、世界各国が同じ状況とは言えず、ワクチンを普及させられるか否かで参加できる国・できない国の格差が出てしまうのは避けられない。
残念ながらどうあがいても、2021年のカンヌは完全にこれまで通りとはいかないだろう。だがそれでもリアルな開催にこだわるのは、作品の受け取られ方、情報の流通が、オンライン開催とは圧倒的に異なるからである。レッドカーペットがあれば、それだけ世界にも配信されやすい。また作品鑑賞や取材に関しても、どうしても違いが出てくる。マーケットのディールはオンラインでできても作品はやはり大きい画面で観なければと言う人々が、プロのバイヤーにもたくさんいる。リアルかオンラインかによって製作側も、どの映画祭を狙うかが分かれる。
映画業界人にとっては、これから7月に向けて落ち着かない日々が続くのである。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato