コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第86回
2020年8月27日更新
パリの大型シネコンが休館 アートフィルムは深田晃司監督「よこがお」が仏全土119館で健闘
2020年8月27日更新
ついに恐れていた事態が起きてしまったと言うべきか。パリの大型シネコンのなかでも、2700人を収容する大スクリーンで知られる老舗の映画館Le Grand Rexが、8月に三週間の休館に追い込まれた。この時期はバカンスでパリの人口が減る上、今年は新型コロナウィルスの影響で客足が落ち込み、さらに大型シネコンを満たすブロックバスターの新作が、公開延期によりほとんどなかったことが原因だ。支配人のコメントによれば、「この状況で営業を続け従業員に給料を払い続けるよりは、閉めた方がまだ損害が少ない」という判断による、苦渋の決断のようだ。
たしかにこの映画館の場合、ふだんからアメリカ系のブロックバスターが多かったため、「TENET テネット」や「ムーラン」が軒並み公開を延期(『ムーラン』はフランスでも劇場公開をとりやめ、Disney+での配信のみになる予定)したのは痛かった。再開は、アメリカに先行する形で8月26日に公開が決定した、「TENET テネット」に併せる形となった。
公開延期作はアメリカ映画ばかりではない。フランス映画でも、スターの出る予算の大きな作品や注目作は、一斉に秋以降に延期されている。またどちらかというとシニア層の常連が多い名画座も苦心を強いられ、6月の映画館再開以来、例年に比べ動員が10パーセントに落ち込んだところもあるという。フランス映画国立連盟(FNCF)は「とても悲観的な状況」として、政府とその傘下にある国立映画映像センター(CNC)に、新たな援助を要請した。
とはいえそんな状況のなかでも、低予算のアートフィルムは封切られている。否むしろこういうときこそ、普段は脚光を浴びにくい地味な作品が、長く映画館に残るチャンスとも言えるだろう。
それを見込んでか否か、深田晃司監督の「よこがお」が、8月5日に公開になった。なんとパリとその近郊で31館、フランス全土で119館という規模で、これはおそらく北野武映画よりも大きい。街頭ポスターもかなり見かけたので、宣伝費をそれなりに投入している印象だ。
蓋をあければ初日動員は6052人で、一週目の成績はその週の興行10位に食い込む2万7767人(CBO Box-Office発表)と、この時期にしてはかなりの健闘ぶり。もちろん、深田監督はこれまでカンヌ映画祭で紹介されたり、コンスタントにその作品がフランスで公開され、評価されているという下地はある。本作も昨年のロカルノ国際映画祭のコンペに入選した。それでもこれは、作戦が功を奏したというべきか、快調な出足だ。
フランス語の題名は、看護婦を意味する「L’Infirmière」。ヒロイン、市子の複雑な二面性を象徴するようなポスターのセンスがいい。
フランスの批評では、5つ星中の平均3つ半で、いささかゆっくりとしたリズムと長さがネックになった感はあるものの、「深田監督と、並外れた女優、筒井真理子の手腕は、ヒロインの行動の論理性や心理的な理由を不透明にしたことにある」(ル・モンド紙)「デビッド・リンチの世界にも近い幻想的な雰囲気のなかで、ヒロインの悪夢のような地獄への降下を語る」(プレミア誌)、「筒井真理子が素晴らしい。ヒロインの居心地の悪さをあまりに見事に表現するがゆえに、この不可解なキャラクターに共感するのが難しい」(ル・ジャーナル・ドゥ・ディマンシュ紙)といった評価が見られる。
このまましぶとくロングランを続けることを期待したい。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato