コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第44回
2017年2月22日更新
フランスに愛される黒沢清監督 「ダゲレオタイプの女」がいよいよ現地で公開
黒沢清監督が、自身の初の海外製作映画「ダゲレオタイプの女」(仏題はLe Secret de la chambre noire)の3月8日仏公開を控え、フランスを訪れた。
今回の訪問はプロモーション目的だけでなく、黒沢映画特集が設けられたジェラルメ国際ファンタスティック映画祭に参加することを皮切りに、パリのシネマテークでの新作の特別上映や一般に向けた映画講座のイベント、フランス各地での新作プレミア上映での挨拶など多岐にわたり、ほぼ2週間の滞在はスケジュールがぎっしり。フランスにおける黒沢人気をあらためて確認させられるものだった。
招待者と一般観客で満席となった2月6日のシネマテークにおける「ダゲレオタイプの女」の上映には、主演のタハール・ラヒムとコンスタンス・ルソーも駆けつけた。以前から黒沢ファンで、かつてドービルアジア映画祭で出会って以来、親交があるというラヒムにコメントを求めると、「今回ついに黒沢監督と仕事ができて本当にうれしかった。俳優として彼の独特の世界に身を投じ、新たな経験をすることができたと思う」と語ってくれた。
黒沢監督のほうも俳優陣を絶賛し、とくにラヒムについて「天性の役者。身体全体を使った表現が素晴らしく、カメラのアングルを感覚的に把握しています」と語った。この日ゲストと共に登壇したシネマテークのプログラミング・ディレクター、ジャン=フランソワ・ロジェは、「黒沢は世界的な巨匠。彼がフランスで初めて撮影をした記念すべき本作をシネマテークで上映できて光栄です」と紹介した。
翌日、フランスの大手チェーン店fnacのショップで開催された公開講座も、やはり満席だった。こちらは司会を担当した批評家の質問に沿って黒沢監督が答えていく形式で、「あなたは黙示録的な世界を描く監督だと思うが、どうしてそのような世界に惹かれるのか」「つねにジャンル映画から出発し発展させていくのはなぜか」といった質問が浴びせられた。また観客からは、「なぜフランスで映画を撮ったのか」という質問があがり監督は、「とても自然な流れでした。僕の作品を最初に海外で上映してくれた国はフランスでした。僕のレトロスペクティブを最初に開催してくれたのもフランスでしたし、日本以外で僕の映画をもっとも多く公開してくれているのもフランスです。映画を通してフランスと深く関わるようになり、いよいよ次の段階となったとき、フランスで映画を撮るということになりました。ですから強い意志が働いてこうなったというよりは、運命に導かれて当然のようにここに行き着いたという気がしてなりません」と発言。さらに「ドレミファ娘の血は騒ぐ」に言及したマニアックな質問が飛び出し、「そういう題名を聞くと動揺しますね(笑)」と監督が語る一幕もあった。
それにしても、黒沢清がフランスでこれほど人気を集めるのはなぜなのか。ひとつ言えることは、彼が日本のホラー映画の巨匠として受けとめられており、とくに幽霊、すなわち死んでいる人間の描き方が独特であること。そこに西洋のホラーにはない新鮮な魅力を感じるということが挙げられる。だからそのフィルモグラフィのなかでも、どちらかといえばその手の作品に人気がある。もっともその一方で、「カリスマ」「トウキョウソナタ」「贖罪」など、人間の闇、不条理な世界を描いた作品も、高く評価されている。
ちなみにフランスでは新作の公開にあわせて黒沢清の10作品を集めたDVDボックスセットも発売された。果たして今回の黒沢海外進出作品がどこまで勢いを持つか、期待は膨らむばかりだ。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato