コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第12回
2014年7月24日更新
映画愛好家が集う避暑地の映画祭「ラ・ロシェル国際映画祭」
先日、7月6日まで開催されたラ・ロシェル国際映画祭に行ってきた。ラ・ロシェルは大西洋岸にある古くからの港町。現在はブルジョワ層の避暑地として知られ、とくに橋を渡った沖合のレ島は、フランスの財界人やセレブたちの別荘があることでも知られる。第2次大戦中、ドイツ軍によって建設された潜水艦基地が今も残り、「U・ボート」や「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」の撮影もここで行われた。さらにここから約30キロ南下すると、「ロシュフォールの恋人たち」で有名なロシュフォールの町があり、なにかと映画に馴染み深い地方だ。
今年ですでに42回目を迎えるラ・ロシェル映画祭は、日本ではあまり知られていないかもしれないが、フランス国内でカンヌの次に大きな、由緒ある映画祭である。欧州連合の機関から援助を受けているため、上映作品の70パーセントがヨーロッパ映画に限られるという制限があるにもかかわらず、実は日本映画とも縁が深い。フランスでは知名度の低かった吉田喜重を本格的に紹介したり、2006年に「誰も知らない」の柳楽優弥がカンヌで最優秀男優賞を取った後、いち早く是枝裕和のレトロスペクティブを開催し、レアなテレビ作品も含めて紹介した。おそらくコンペティションがないのがいまひとつ話題になりにくい理由なのかもしれないが、公式の賞が一切存在しないのは、映画に優劣をつけないことをモットーにしているため。スターや著名な監督が訪れることもあるが、レッドカーペットの類いは存在せず、彼らが海辺のカフェでさっきまで客席に居た観客たちに混じってお茶を飲んでいたりする緩さが、心地いい。さらにクラシックから新作まで、多彩なジャンルとあらゆる傾向の作品が揃う。いわばカラーがないのが本映画祭のカラーだろうか。
そのお陰か、ラ・ロシェルの観客は驚くほど知識の深い映画愛好家が多い。彼らの存在が映画祭を支えているのも確かなら、映画祭が彼らを育ててきたとも言える。地元のみならず、フランスやヨーロッパ各地から本映画祭を目当てにリピーターが増えているとか。今年は82万人を集客したそうだから、映画を宣伝する側にとっても重要な場であることは間違いないだろう。
今年の主なプログラムは、ライナー・ベルナー・ファスビンダーのミューズとして知られたハンナ・シグラ、フランスのブリュノ・デュモン監督、昨年7月に死去した大女優ベルナデット・ラフォンらの特集上映、チェコアニメやハワード・フォークス特集、ピアノ伴奏付きのロシアの無声映画など。特に伴奏付きで無声映画を日替わりで上映するシネコンサートは、ラ・ロシェル名物のひとつだ。カンヌでパルムドールに輝いたトルコ映画「ウィンター・スリープ(英題)」もあれば、フランスではまったく知られていないミャンマーの30歳の若手監督ミディZの全作品の上映もあった。映画祭のアーティスティックディレクターのひとりで、パリのポンピドゥーセンターの映画プログラムも担当するシルビー・プラは、「バラエティに富んでいること、そして旧作の再発見とともに、フランスで無名の若い才能を積極的に紹介していくことも本映画祭の使命です」と語る。
日本からは今回、カンヌ映画祭で話題になった河瀬直美の「2つ目の窓」が出品された。カンヌでは激しく賛否が分かれただけに観客の注目度は高く、会場は入れない人々で溢れた。上映後は拍手が起こったが、反応はやはり賛否両論。「否」の意見としては、「ムードに流れすぎ説得力に欠ける」「キャラクターが曖昧」という感想が聞かれた。もっとも、以前から河瀬監督を高く評価し、「カンヌでも本作が自分にとってのパルムドールだった」と断言する前出のプラ女史はこう擁護する。「優れた作家というものは往々にして意見の分かれる作品を生み出すものではないでしょうか。私にとって、本作は河瀬監督のなかでももっとも成熟した傑作です。シンプルななかに美しさ、気高さ、エモーションを内包し、愛や死といった本質的なものを見つめる。死を描くことで生を祝福する、とても美しい作品だと思います」
「2つ目の窓」のフランスの一般公開は10月1日。いまやカンヌ常連となった河瀬監督の知名度は徐々に大きくなっているだけに、その反響が待たれるところだ。ちなみにプラ女史によれば、2016年を目指しポンピドゥーセンターにおいて河瀬監督のレトロスペクティブを開催する予定だという。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato