コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第112回
2022年10月27日更新
ヒジャブ着用巡り拘束、死亡の女性の事件で波紋 仏映画人がイラン人の自由と人権を訴える
ヒジャブから髪が少し出ていたことがきっかけでイラン警察に拘束され、3日後の9月16日に亡くなったマフサ・アミニさん(22歳)の衝撃的な事件は、イランの国内外で大きな反響を巻き起こしているが、フランスの映画界でも示威運動が盛り上がっている。
イザベル・ユペール、レア・セドゥ、ダニー・ブーンらを筆頭に、公の場でイラン人女性たちの自由と人権を訴える映画人が増えるとともに、女優たちのあいだで事件に対する抗議の印に、自ら髪を切るところを自撮りしたビデオが編集され、ソーシャルネットワーク上で拡散された。ユペール、イザベル・アジャーニ、ジェーン・バーキンとシャルロット・ゲンズブール、ジュリエット・ビノシュ、マリオン・コティヤールら、50人以上が参加し、マルジャン・サトラピはイラストを提供している。
イランからかつて亡命し、いまは欧米で活躍する女優のゴルシフテ・ファラハニは、マスコミの取材を受け、抗議活動をする若者たちの勇気を讃えながら、エールを送った。
さらにパリのシネマテーク(映画博物館)では10月11日、現在イラン警察に拘束されているジャファール・パナヒ監督の、ベネチア映画祭に出品された新作「No Bears」のプレミア上映とともに、イラン国内の現状を伝える特別イベントが開催された。
口火を切ったのは、シネマテークのプレジデントを務めるコスタ・ガブラス監督だ。「今夜のイベントは、女性たちを抑圧することだけが目的の体制に対して闘い続ける人々を支持するものです」と語り、大きく手を上げて結束を促した。
この日はイラン人監督のセピデ・ファルシ、クレール・シモン監督、人類学者でドキュメンタリー作家でもあるチョウラ・マカレミ、さらにリヨンから駆けつけたカンヌ国際映画祭ディレクターのティエリー・フレモーらが参加した。ファルシは、イラン各地で行われている抗議行動の様子を、参加者たちがスマートフォンで撮った貴重な映像を編集した短編を披露。「国内でどんなことが起こっているかを、できるだけ外に伝えたい」と語るとともに、いかに国外のサポートが重要であるかを強調した。
フレモーは、カンヌが以前からイラン人監督を積極的に紹介してきたことに触れ、パナヒやモハマド・ラスロフなど拘束中の監督を含めた、彼らの自由と人権を訴えた。
パナヒが自身の状況を皮肉った自演の新作は、国境について触れた多くの比喩に富む物語だ。映画監督が滞在中の村で、2組のカップルについての物語を撮ろうと企画するが、どちらも思わぬ障害に阻まれる。そのうえ監督は地元のスタッフから、国境を一歩超えた向こう側のロケハンを示唆される。この監督らしいユーモアのなかに鋭い風刺が効き、ラストは苦渋の思いが伝わってくる。
シネマテークではパナヒから届いたレターも読みあげられた。そのなかで彼は、「イラン映画の歴史にはつねに、センサーシップ(検閲制度)に抗いながら、作品を撮り続ける独立した監督たちの存在がありました。そのなかには制作を禁止された者もいれば、軟禁され活動を制限された者もいます。それでも再び創作するのだという希望が、わたしたちにとっての存在理由です。わたしたちは独立する映画作家なのです」と宣言。会場には大きな拍手が鳴り響き、熱い一夜の幕を閉じた。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato