コラム:ご存知ですか?海外ドラマ用語辞典 - 第11回
2021年2月25日更新
ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの業界用語を通じて、ドラマ制作の内部事情を明かします。
マーベルドラマ「ワンダヴィジョン」は米シットコム史の絶好の教材
【今回の業界用語】
シットコム(Sitcom):シチュエーションコメディ(Situation comedy)の略。限られた舞台とキャストで展開する1話完結型のコメディドラマ。マルチカメラで撮影され、ラフトラック(大笑いしている音声)があることが多いが、必要条件ではない。
Disney+で独占配信されている「ワンダヴィジョン」を毎週心待ちにしている。マーベル・スタジオが手がけたテレビドラマということもあって、クオリティの高さとエンタメ性は折り紙付きで、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)との絡め方も見事と言うしかない。でも、ぼくが「ワンダヴィジョン」にもっとも感心しているのは、その映像スタイルだ。アメリカにおけるシットコムの変遷が見事に再現されているのである。
シチュエーションコメディ、通称シットコムは、登場人物や舞台が固定されたコメディドラマのサブジャンルだ。たいていはスタジオに組まれたセットにおいて、複数のカメラ(マルチカメラ)で収録される。一般の観客を前にして収録されることが多いので、役者の演技は大袈裟になりがちで、観客の笑い声や拍手が一緒に入っている。セットがいかにも作り物で、画面に映っていない人の笑い声が聞こえたら、シットコムと思って間違いない。「フレンズ」や「フルハウス」、「アルフ」「ビッグバン★セオリー ギークなボクらの恋愛法則」などは日本でも人気を博した。
もともとラジオドラマから派生したシットコムは、1951~57年に放送された「アイ・ラブ・ルーシー」が基礎となっている。その後60~70年代の「メイベリー110番」「奥さまは魔女」「The Dick Van Dyke Show」「The Mary Tyler Moore Show」などの国民的ドラマを経て、80年代以降は全盛期を迎える。「チアーズ」「ファミリー・タイズ」「コスビー・ショー」「こちらブルームーン探偵社」「ベルエアのフレッシュ・プリンス」「そりゃないぜ!? フレイジャー」「フレンズ」など、さまざまなヒットが誕生。ブラックコメディを取り入れた「マッシュ」や、中身がないことを売りにした「となりのサインフェルド」などのバリエーションが生まれるのもこの時期だ。
たとえば、89年に放送を開始し、いまでも続いている長寿アニメシリーズの「ザ・シンプソンズ」も、登場人物と舞台を固定した1話完結型であるシットコムの設定を踏襲しており、これは「サウスパーク」(1997~)や「リック・アンド・モーティ」(2013~)など多くのアニメシリーズに引き継がれている。「ドラえもん」や「ちびまる子ちゃん」も、言ってみればシットコムだ。
英ヒットドラマのリメイク「The Office」(05~13)以降、ドキュメンタリー番組を模したモキュメンタリーのスタイルが人気を集め、「パークス・アンド・レクリエーション」(09~15)、「モダン・ファミリー」(09~20)などに引き継がれている。これらはドキュメンタリーを模しているので、撮影はマルチカメラからシングルカメラに変更となり、笑い声であるラフトラックも廃止となっている。
つまり、時代の流れとともに、シットコムから舞台劇の要素が取り除かれ、通常の劇映画のスタイルに変わってきているのだ。
長い前置きとなったが、「ワンダヴィジョン」は「アベンジャーズ エンドゲーム」以降の時代を舞台に、人気キャラクターのワンダ・マキシモフ/スカーレット・ウィッチ(エリザベス・オルセン)とヴィジョン(ポール・ベタニー)を描くドラマだ。2人はどういうわけか、「アイ・ラブ・ルーシー」や「奥さまは魔女」を彷彿とさせる「ワンダヴィジョン」という名のシットコムの世界で幸せに暮らしている。やがて、回を追う事にその謎が説き明かされていくのだが、同時にシットコム「ワンダヴィジョン」のスタイルもアップデートされていく。60~70年代の「ゆかいなブレディ家」、80~90年代の「愉快なシーバー家」や「ファミリー・タイズ」、2000年代の「マルコム in the Middle」や「モダン・ファミリー」などのスタイルをつぎつぎと採用し、シットコム世界自体を進化させているのだ。
壮大な謎をじらしながら視聴者を引きこんでいく語り口のうまさや、ホームコメディとサスペンススリラーという正反対のジャンルを掛け合わせた卓越したバランス感覚もすごいが、なにより往年のシットコムの再現率の高さに驚く。なにしろ、映像スタイルや衣装、美術ばかりか、架空のCMや架空のテーマ曲まで作られているのだ。ちなみに、各エピソードで披露される異なるテーマ曲は、これは「アナと雪の女王」などで知られるヒットメーカーのロバート・ロペスとクリステン・アンダーソン=ロペスが担当。シットコムを浴びるように見てきたという2人が、オマージュをたっぷり詰め込んでいる。
「ワンダヴィジョン」は、70年間にわたるシットコムの歴史が一挙に体験できる、類稀なテレビドラマ。MCUに興味がない人にもお薦めしたい。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi