コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第369回

2025年11月12日更新

FROM HOLLYWOOD CAFE

ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。


“幸福”に満ちた新世界から取り残されて――「ブレイキング・バッド」生みの親が仕掛ける「プルリブス」は先が気になってしかたがない

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人生最高の映画はなにかときかれると選択肢の多さに答えに窮してしまうけれど、テレビドラマだったらわりと簡単だ。もっとも夢中になって、何周も観たのは「LOST」だ。だが、完成度の高さと色褪せなさという観点でみれば「ブレイキング・バッド」を推す。

癌で余命宣告を受けた中年教師が科学の知識を生かしてドラッグ精製をはじめるという、いささかキワモノの設定ではある。だが、ユーモアとペーソスの絶妙なバランス、個性的なキャラクター陣、そして何より、愛すべき主人公がどんどん悪の道に堕ちていくという予想外の展開。独創性とストーリー展開が高いレベルで機能していて、ぐいぐいともっていかれた。いま、久々に見直しているが、圧倒的としかいいようがない。

そして、「ブレイキング・バッド」を手がけたビンス・ギリガンの新作が「プルリブス」だ。だが、「ブレイキング・バッド」やスピンオフ「ベター・コール・ソウル」のようなリアルな犯罪ドラマとはまったく違う。なにしろ「ブラックミラー」的な風刺SFなのだ。

ここでいちおう注意。このドラマはまっさらな状態で見た方がいい。ただ、Apple TV(最近+がなくなった)といういささかマイナーなところでの独占配信だし、ある程度前情報がないと食指がうごかないということもあるだろう。ここから先は多少のネタバレが含まれているので、注意してほしい。

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「プルリブス」の主人公は、ロマンス小説家のキャロル(「ベター・コール・ソウル」のレイ・シーホーン)だ。ベストセラー作家として成功を収め、裕福で、何百万ものファンに愛されている。だが、彼女自身は人間嫌いで、皮肉屋で、不機嫌極まりない中年女性だ。

ある日、地球規模の大事件が起こる。宇宙から飛来したウイルスが人類のほとんどを感染させ、全人類が突然、幸福で満ち足りた存在へと変貌してしまうのだ。人々は互いに親切になり、暴力は消え、世界は一夜にして平和になる。感染者たちは個人としての「私」という概念を失い、「この個体」と自分を呼ぶようになる。すべての思考、記憶、知識が共有され、人類は文字通り「ひとつ」になったのだ。

だが、キャロルは違う。彼女は13人いるという免疫保持者のひとりとして、このユートピアから取り残される。さらに悲劇的なことに、彼女のマネージャーでもあるパートナー・ヘレンは感染によって命を落としてしまう。世界中で数百万人が死亡したのだ。

幸福に満ちた新世界で、キャロルだけが怒り、嘆き、抵抗する。集合意識と化した人類は、彼女を幸せにしようとあの手この手を繰り出す、というのが基本設定だ。

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パンデミックによって人類が危機に陥るというパターンはフィクションではよくある。昔だったら黒死病、近年なら「アウトブレイク」や「コンテイジョン」のような致死性ウイルス。あるいは、ゾンビになって人間を襲ったり、「ボディ・スナッチャー」のように別の存在に乗っ取られたりする。

普通はホラーやサスペンスを作るための設定だが、「プルリブス」は違う。ウイルスに感染すると、自我が消えて、集合意識のひとつとなる。そして、主人公もそれに加わるように迫られる。恐怖ではなく、幸福の強制が本作の独創性だ。

実はぼくもまだ2話を見たばかりで、全容を理解しているわけじゃない。

ただ、多くの優れたSFが現実風刺であるように、さまざまな解釈ができる。

AIに過度に依存して思考を放棄した人々、というのはもっともわかりやすい解釈だ。実際、ギリガンは大のAI嫌いで知られており、エンドクレジットには「この作品は人類によってつくられました」と明記されている。

SNSやアルゴリズムによって分断された現代社会への警鐘とも読める。人類全員が同じではなく、同じ嗜好の人だけが集まり、自分の好きなニュースだけがフィードに流れる。異なる意見に触れる機会は失われ、対話は不可能になる。集合意識は、無数の「仲間内だけの世界」が併存する分断社会の究極形といえる。

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同調圧力への批判とも受け取れる。個人主義のアメリカでは主要なテーマとは考えにくいが、「空気を読め」「出る杭は打たれる」という圧力に日々晒されている日本人が見ると、腑に落ちるところがたくさんあるはず。キャロルの怒りと抵抗は、多数派の「善意」に押しつぶされそうになる個人の叫びでもある。

もっと単純に「真の幸せとはなにか」という究極の問いなのかもしれない。怒りも悲しみも失った人間は、本当に幸せなのか?  不満や葛藤を抱えながらも自分の意思で生きることと、すべての苦悩から解放されて集合意識の一部として存在すること。果たしてどちらが人間らしい生き方なのか?

ちなみにタイトルの「プルリブス」という聞き慣れない言葉は、アメリカの国章に刻まれたラテン語の「エ・プルリブス・ウヌム(多数から一つへ)」から来ているようだ。多様性の統一という建国の理念が、ここではディストピアとして描かれているのだ。

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特異な設定だからついあれこれ分析したくなってしまうが、「プルリブス」は決して難解な作品ではない。

壮大な世界を舞台に、不可思議でユーモラスな事態がつぎつぎと起きていく。キャロルは戸惑いながらも、行動を起こしていく。視聴者はそんな彼女といっしょに冒険の旅に出る。おそらくその過程で、皮肉屋で人間嫌いな彼女は、ヒーローへと変貌していくはず。

次になにが起きるかまったく想像がつかないが、先が気になってしかたがない。この感覚は「ブレイキング・バッド」のときとまったく同じ。ビンス・ギリガンを信じて、この物語に身を任せようと思う。

筆者紹介

小西未来のコラム

小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。

Twitter:@miraikonishi

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