コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第368回

2025年10月17日更新

FROM HOLLYWOOD CAFE

ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。


エイリアン アース」は「エイリアン」が苦手な人にこそ観てほしい

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エイリアン」がテレビドラマ化されると聞いて、好奇心を掻き立てられる人はあまりいないかもしれない。なにしろ続編や関連作品が大量につくられ、そのほとんどが期待外れに終わってきたからだ。

エイリアン」といえば、リドリー・スコット監督の1979年の第1作と、ジェームズ・キャメロン監督の「エイリアン2」(1986)が不動の金字塔として君臨している。前者は閉塞した宇宙船という舞台で繰り広げられる純粋な恐怖、後者は母性とアクションという新しい要素を融合させた、続編映画の模範ともいえる作品だ。ホラーからアクションへとジャンルを大胆に転換しながらも、シリーズの本質を損なわない。この離れ業を成功させた「2」の存在が、後続作品のハードルを高くしてしまったように思う。

デビッド・フィンチャーの「エイリアン3」やジャン=ピエール・ジュネの「エイリアン4」は、監督たちの個性は垣間見えるものの、最初の2作にはとても及ばない。リドリー・スコット監督が復帰した「プロメテウス」や「エイリアン コヴェナント」では、ゼノモーフの起源を掘りさげようという野心的な試みが導入されたものの、創造者と創造された者の関係、信仰と科学といった哲学的な問いかけは中途半端だった。壮大な神話を構築しようとするものの、観客が求めていた答えも、新たな恐怖も提供されなかった。

宇宙空間という密室とボディホラーとの組み合わせは、1979年当時は革新的だった。H・R・ギーガーがデザインした異形の生物、胸を食い破って現れる寄生生物、酸の血といった要素は刺激的だったが、そもそも「宇宙版『ジョーズ』」として企画された映画になんども刷り直すだけの深い世界観が備わっているわけではない。「ジョーズ」の続編が示したように、シンプルな物語設定は反復によってあっという間に魅力を失う。「エイリアン」を繰り返すことに限界があるのだ。

だが、いまはちょっとでも名前が知れたものは、すぐにリメイクが作られる。ハリウッドはオリジナル企画のリスクを避け、認知度の高いIPに頼るからだ。だから、フェデ・アルバレス監督による「エイリアン ロムルス」という映画が作られ、今回、ドラマ版である「エイリアン アース」が作られたのは、驚きに値しない。所詮、ビジネス上の必然性から生まれたのだ。

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だが、背景はどうであれ、「エイリアン アース」は傑作だ。タイトル通り舞台を地球に移したばかりか、新要素をたっぷりと投入しているからだ。

物語の舞台は2120年――つまり、リドリー・スコット版の第1作「エイリアン」(=時代設定:2122年)よりもわずかに前の時代となっている。地球は5つの巨大企業によって分割統治されており、国家という枠組みは形骸化している。

ある日、巨大企業のひとつ、プロディジー社の所有する高層ビルに、ライバル企業ウェイランド・ユタニ社の宇宙船が墜落する。その宇宙船は、宇宙で回収した5つの生命体――つまりゼノモーフたち――を積んでいた。生命体の獲得と確保のため、プロディジー社は自社の研究施設から「ハイブリッド」たちを派遣する。つまり、地球を舞台に巨大企業がエイリアンの争奪戦を繰り広げる、というのが「エイリアン アース」のあらすじだ。

もちろん、「エイリアン」と名がついているから、ホラー演出はたっぷりある。しかも、今回は5種類も登場するから、殺戮のバリエーションも豊富だ。密室空間がもたらす恐怖は薄れたものの、地球という舞台と複数の個体が織りなす混沌によってトレードオフが成立している。

このドラマを異色なものにしているのは、ハイブリッドという存在だ。もともと「エイリアン」シリーズにはシンセと呼ばれるアンドロイドが登場していた。アッシュ、ビショップ、デヴィッド――彼らは人間を観察し、時に裏切り、時に守る、冷徹な第三者的存在だった。感情を持たない(あるいは持っているふりをする)彼らは、人間ドラマの外側に立つ、ある種の狂言回しでもあった。

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エイリアン アース」では、人間の意識をシンセに移植した「ハイブリッド」が登場する。不治の病に冒された子供たちの意識とアンドロイドの体の合成であり、彼らが危険な任務に送りこまれるという筋書きだ。肉体は失われても精神は機械の器に保存され、企業の道具として利用される――その設定の残酷さが、このドラマの核にある。

人間に利用されるために作られた哀れなアンドロイドが、自我を持ち、成長し、やがて反乱していくという筋書きは、HBOの傑作ドラマ「ウエストワールド」とも似ている。だが決定的に違うのは、ハイブリッドたちがもともと人間だったという点だ。彼らは最初から自我を持ち、感情を持ち、記憶を持っている。

しかも、彼らの意識は子供のままである。暴力的で残忍な世界、大人たちの打算と欲望が渦巻く企業戦争のなかで、子供の感性を持ったハイブリッドたちがどう生き、何を感じ、どう成長していくのか——それが物語の核になっている。

個人的にぼくが「エイリアン」シリーズのファンではないのは、もともとホラーが苦手であることに加えて、共感できる存在がほとんどいなかったためだ。宇宙船の乗組員たちは次々と死んでいくだけで、感情移入する余地が少ない。「エイリアン2」が秀逸だったのは、孤児の女の子ニュートをリプリーが救おうとするというストーリーラインのおかげで、彼女を応援することができた。母性という明確な感情の軸があった。

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エイリアン アース」の企画・制作総指揮を務めるのは「FARGO ファーゴ」シリーズの名手ノア・ホーリーだ。「エイリアン」シリーズが抱える課題を知らないはずがない。「エイリアン」に最大限の敬意を払いつつも、共感できるキャラクターを用意してくれた。ただし、それは、人間キャラクターではなく、ハイブリッドだ。意識は子供、体は機械というキャラクターたちの視点で「エイリアン」世界を描くことで、共感できて、驚きに満ちたストーリーを開拓したのである。

ハイブリッドは企業の道具として生み出されたが、地球外生命という一種のジョーカーが登場することで、状況が一変する。大人たちの計算は崩れ、ハイブリッドたちは自分たちで判断し、行動しなければならなくなる。

つまるところ「エイリアン アース」はホラーという外皮をまとった、子供たちのサバイバルドラマなのだ。

筆者紹介

小西未来のコラム

小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。

Twitter:@miraikonishi

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