コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第367回
2025年9月5日更新

ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
スパイク・リー監督からの“詰問”に動揺 緊迫のやりとりを公開「今の若い世代がクロサワ映画を一度も観たことがない?誰の責任だ?」

画像・映像提供 Apple
先日「天国と地獄 Highest 2 Lowest」という新作映画の取材で、スパイク・リー監督にZoomインタビューを行った。
本作は黒澤明監督の「天国と地獄」を再解釈した作品だ。ぼく自身、オリジナルを観てからずいぶん経っているが、舞台が現代のニューヨーク、しかも音楽業界ということもあり、まったく違った魅力を備えていた。

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今回はメガホンをとったスパイク・リー監督への取材だ。「ブラック・クランズマン」以来だが、前回は記者会見だった。画面越しとはいえ、1対1の取材はかなり貴重だ。
日本のメディアということもあって、やはりオリジナルの「天国と地獄」との比較が中心となった。ぼく自身、スパイク・リー作品と黒澤作品を同列で考えたこともなかったので、監督がその出会いや影響を語ってくれるのはとても刺激的だった。
問題はインタビュー時間が残り2分となり、最後の質問に移ったときに起きた。インタビュー記事(記事URL)では、以下のようにまとめている。
――最後に、黒澤映画を知らない若い人にすすめるとしたらなんですか?
侍映画からはじめるのはどうだ? 「用心棒」、「七人の侍」。血が好きだろう。首が切り落とされる。そこでミフネとクロサワの偉大なコンビについて学ぶことになる。「羅生門」、「用心棒」、そして「天国と地獄」に辿り着く。
――黒澤作品を見るきっかけを提供してくれてありがとうございます。
こちらこそ、ありがとう。
>>インタビュー全文「スパイク・リー監督、黒澤明作品との出合い&デンゼル・ワシントンとの信頼関係を明かす」
実は、記事では実際のやりとりを圧縮している。実際のインタビューでは5分以上にも及ぶやりとり、というか詰問が始まったからだ。
ぼくはこう繰り出した。
――本作を作ってくれて本当に感謝しています。今の日本では黒澤作品を一度も見たことがない人が少なくありませんから。
あくまで監督から黒澤作品のおすすめを引き出すためのフリにすぎなかった。しかし、本題に入る前に、監督が遮る。
「一度も?」
監督はあっけにとられた顔で聞く。
「今の若い世代が偉大な日本の映画監督、クロサワの映画を観たこともないと言っているのか?」
ぼくは「はい」と答えた。取材前に統計を取ったわけではないが、肌感覚で分かっているつもりだ。ジブリとは違うのだ。
そもそも黒澤監督に限らず、ゴダールやフェリーニ、トリュフォー、ベルイマンといった巨匠の作品を見たことがあるのは一部の映画通だけだと思う。自分の子どもたちも白黒映画というだけで拒否反応を示した。もしかしたらヒッチコックやキューブリックですら見たことがないかもしれない。
「では、質問させてくれ」
スパイク・リー監督は続ける。
「それはいったい誰の責任だ?」
ぼくは歴史的背景を説明しようと考えた。たとえば、日本の映画界は1950年代から60年代に黄金期を迎えた。黒澤明、小津安二郎、溝口健二といった監督たちが世界的にも評価されていた。でも、テレビの普及や娯楽の多様化で1960年代末から急速に衰退し、スタジオシステムが崩壊。その後、大量宣伝、大量動員の手法を確立した新規参入組の影響で構造も作風もまったく変わってしまった。そんななかで巨匠が手がけた作品群は一部の人しか知らないものになってしまった。
もちろん、インタビューのときは動揺していたから、理論立てて説明なんてできないし、そもそも取材終了時間をとっくに過ぎている。

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Zoomのチャット欄には、取材を取り仕切る広報の人からメッセージが入っていた。
「難しいのは分かるけれど、早く切り上げてくれないかしら?」
広報も監督を催促することはできないのだ。
それで、もごもごと言い訳めいた言葉を呟いていると、さらに監督は続ける。
「では、なぜ親たちはクロサワを子どもたちに紹介してこなかったんだ? その答えは何だ?」
ぼくはまたも答えられない。チャットのウィンドウには、「次のインタビュアーが待っている」という文字。
監督の質問が続く。
「君は、日本で何か記者団体に所属しているのか?」
日本映画ペンクラブ、と答える。
「では、私が君をその団体の会長に任命しよう。若い日本人にクロサワ映画を紹介する任務を君に託す」
ふざけて言っているのは分かっている。でも、その熱量がすごくて冗談に思えない。
「ええ、まあ、検討します」と適当に答える。
「それでーー」
監督は許してくれない。
「君の名前はコニシ。そうだよな?」
「は、はい」
「これは君の仕事だ、コニシ。君の義務だ。これは君の、何と言えばいいか? これは君の……」
「道徳的義務です」と言葉を継ぐ。
さっさと取材を終わらせなきゃいけない。
「そうだ、道徳的義務だ」
監督はにんまりして続ける。
「日本にも議会があるね」
「は、はい」
「そこで、法案を提出したまえ。日本の若者が自国の偉大な映画監督、史上最高の映画監督のひとりの作品に触れることを義務化するんだ」

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それからもヤクザがどうだとかブルックリンがどうだとか、こちらの理解を超えて話し続ける。
いい加減、監督のほうにもストップがかかったようだ。書斎にいる誰かからなにかを告げられると、はっとして真顔になった。脱線していることに気づいたようだ。
ここしかない。ぼくは用意していた質問を繰り出した。
「黒澤映画を知らない若い人にすすめるとしたらどれがいいですか?」
かくして、インタビュー記事の最後の部分をようやく聞き出すことができたのだ。
冷や汗をかかされたけれど、取材時間をオーバーしてでも語り続けた監督の熱量こそが、黒澤作品への最高のリスペクトだったのかもしれない。
筆者紹介

小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi