コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第331回
2023年6月6日更新
ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
国際ドラマ版「神の雫」は日本発映像コンテンツの模範を示している
残念なことだが、日本の動画コンテンツ輸出力は隣の韓国には遠く及ばない。現状を知りたければ、Netflixの週間視聴ランキングをみるといい。たとえば、テレビ(非英語)ランキングには、英語以外で製作された世界各国のローカルコンテンツが並んでいる。5月22日から28日の週間ランキングにおいて、韓国からは「医師チャ・ジョンスク」(2位)、「良くも、悪くも、だって母親」(3位)、「配達人 終末の救世主」(5位)と3作も入っているのだ。もちろん、日本は入っていない。
「パラサイト 半地下の家族」と「イカゲーム」でその存在感を示した韓国コンテンツは、いまでは世界にエンタメブランドとして受け入れられているのだ。先日もNetflixが今後4年で韓国に25億ドルを投じると発表したばかりである(日本に対する投資額は明かされていない)。
日本の映像コンテンツはどうして海外で通用しづらいのか? 課題はたくさんあるし、その大半はすぐに改善できるようなものではない。だが、今回は、すぐに採用できる方法を紹介したいと思う。
成功の鍵は「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」にあると思う。ご存じの通り人気ゲームの映画化で、現時点で世界総興収13億ドルと今年公開された映画作品のなかで最大のヒット作となっている。ここまでメガヒットとなったのは、世界中の誰もが知るIP(知的財産)であることに加えて、子供から大人までが楽しめるエンタメに仕上がっているからだ。
この作品を手がけたのは「ミニオンズ」などで知られるCGアニメ工房のイルミネーションだ。あいにくアカデミー賞を受賞するような「傑作」を手がけたことはないが、コンスタントにヒットを飛ばしている。キュートなキャラクターと、笑いの詰まった軽快なアクションを得意としている。過去に1度失敗している「スーパーマリオブラザーズ」の映画化に再挑戦するにあたり、これ以上にふさわしいスタジオはないだろう。
だが、「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」のヒットは、イルミネーションだけの功績ではない。基本設定や魅力的なキャラクターや小道具、世界観は、すべて任天堂が長い年月をかけて生みだしてきたものである。イルミネーションが手がけたのは、いわば翻訳だ。豊富な題材をもとに、世界中の人たちが楽しめる長編映画に仕立ててみせた。アニメーション製作はもちろん、兄マリオの成長物語を軸にストーリーをまとめたおかげで、誰でも没頭できる作品になっている。
日本ではまだ配信されていないようだが、「神の雫 Drop of God」も成功例だ(9月からHuluで独占配信)。これはワインの世界を舞台にした人気漫画「神の雫」を、国際ドラマとして映像化したものだ。レジェンダリー・テレビジョン(「カーニヴァル・ロウ」「The Expanse」)と、ダイナミック・テレビジョン、フランス・テレビジョン、Hulu Japanの共同製作となっている。実はこれ、原作とは設定がかなり変わっている。
伝説のワイン評論家が残した遺産をめぐり、実の子供と若手ワイン評論家が対決する基本設定は同じ。だが、漫画では主要キャラクター3人が日本人だったのに対し、国際ドラマ版では死去した評論家と主人公がフランス人となり、主人公に至っては女性に変更している(「エル ELLE」のフルール・ジェフリエが演じている)。そして、ライバルのワイン評論家、遠峰一青を山下智久が演じている。
「神の雫 Drop of God」はヒロイン、カミーユのキャラクター造型が魅力的だ。父から度をこした英才教育を受けたせいで、アルコールを一切受けつけない体になってしまったという設定だ。アルコールを口にできないのだから、ワインに関する知識などまったくない。そんな彼女が、カリスマの遠峰一青と対決しなくてはならなくなる。だが、幼い頃に培った嗅覚と、周囲の人たちの助けを借りて、みるみる成長していくことになる。
国際ドラマ版は脚本家のコック・ダン・トランをはじめ、主にフランスの製作チームによって手がけられている。外国人が手がけた映像作品によくあるように、日本の描写でおやっと思うところは存在する。だが、いくつかの改変は行われているものの、原作に最大限の敬意を払っていることは充分に伝わる。漫画「神の雫」は、ワインに詳しくはないが優れた感覚をもった主人公とともに、読者をめくるめくワインの世界へと誘ってくれた。「神の雫 Drop of God」は根幹をしっかりと引き継ぎつつ、フランスをはじめとする世界の視聴者が楽しめるストーリーに翻訳しているのだ。個人的には、チェスの世界を舞台にした「クイーンズ・ギャンビット」と似ていると思う。
「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」も「神の雫 Drop of God」も、もとはといえば日本のコンテンツである。これらを映像化する際に、日本のクリエイターではなく、海外のクリエイターに委託している点が共通している。もちろん、海外のクリエイターなら誰でもヒットや傑作を生み出してくれると言うつもりはない。実写版の「スーパーマリオ 魔界帝国の女神」やローランド・エメリッヒ版「GODZILLA ゴジラ」、「DRAGONBALL EVOLUTION」など失敗作も山ほどある。
だが、「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」も「神の雫 Drop of God」も、原作の魅力を理解し、なおかつ、最大限に生かす実力を備えるパートナーによって映像化されている。ワインの世界では料理とワインとの相性をマリアージュと言うが、映像化において最高の組み合わせが出来たからこその成果と言える。
日本には漫画でもゲームでもたくさんのIPがある。これらの映像化を成功させるには、海外のクリエイターとの幸せな「結婚」こそが近道かもしれない。
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小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi