コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第313回

2021年10月6日更新

FROM HOLLYWOOD CAFE

ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。


「破天荒」な上司像を生み出した傑作ドラマ「テッド・ラッソ」

「テッド・ラッソ 破天荒コーチがゆく」
「テッド・ラッソ 破天荒コーチがゆく」

Apple TV+のオリジナルドラマ「テッド・ラッソ 破天荒コーチがゆく」が、米テレビ界最高の栄誉であるエミー賞で作品賞(コメディシリーズ部門)を含む7冠に輝いた。

Apple TV+は、リース・ウィザースプーンジェニファー・アニストン共演の「ザ・モーニングショー」や、ジェイソン・モモア主演の「See 暗闇の世界」、架空の歴史を舞台に綴られる宇宙開発ドラマ「フォー・オール・マンカインド」、M・ナイト・シャマランが制作総指揮を務める「サーヴァント ターナー家の子守」など、Appleの豊富な資金をバックに魅力的なオリジナルドラマを用意している。話題作がひしめくなか、「テッド・ラッソ 破天荒コーチがゆく」はほぼノーマークで配信を開始したものの、あっという間にクチコミが広がり、名実ともにApple TV+の看板ドラマとなっているのだ。

主人公は、アメリカ人のアメフトコーチのテッド・ラッソ。イギリスのサッカーチームの監督に招聘された彼は、ロンドンに単身赴任することになる。サッカーの経験も知識もない田舎者のアメリカ人がプレミアリーグの監督を務めるのだから、トラブルが発生しないわけがない。古くは「お熱いのがお好き」から、「ビバリーヒルズ・コップ」「クロコダイル・ダンディー」「デンジャラス・ビューティー」「スクール・オブ・ロック」と、主人公を正反対の世界に投げ込むのは、コメディの常套パターンである。

また、サッカーの世界を舞台にしているから、友情やスリルや感動といったスポーツドラマの要素もある。

だが、「テッド・ラッソ 破天荒コーチがゆく」が傑出しているのは、主人公のキャラクター設定にある。近年のコメディ界において、上司といえば嫌なヤツと相場が決まっていた。その先鞭をつけたのが英ドラマの「The Office」で、リッキー・ジャーベイスが演じた無知で無能で横柄な上司は強烈なインパクトを残した。2001~02年にイギリスで放送されたのち、アメリカでリメイク版「ジ・オフィス」が05~13年に放送。「The Office」がもたらした影響はあまりにも大きく、映画「モンスター上司」シリーズや、ドナルド・トランプのリアリティ番組「アプレンティス」などに発展していく。嫌な人間に権力を握られると、その部下は葛藤を抱えることになるし、上司の言動が過激になるほど笑いが大きくなる。かくして、映画やドラマでは、シニカルで傲慢な権力者が幅を効かせるようになっていった。

ジェイソン・サダイキスは「モンスター上司」にも出演
ジェイソン・サダイキスは「モンスター上司」にも出演

「テッド・ラッソ 破天荒コーチがゆく」で主人公を演じるジェイソン・サダイキスも、「モンスター上司」や「なんちゃって家族」といった作品に出ていたコメディアンだ。だが、彼が生みだしたテッド・ラッソというキャラクターは、従来の上司像の対極にある。善良で、私利私欲がなく、共感力がやたらと高い。無知な田舎者に見えて本質を捉えていて、試合に勝つことよりも選手のことを大切にしている。プロスポーツ界という世知辛い世界において、完全に場違いな彼が、徐々に周囲のハートを掴んでいくプロセスが描かれていくのだ。

気がつくと、ぼくは貪るように「テッド・ラッソ 破天荒コーチがゆく」を見ていた。続きの展開が気になるというよりも、テッド・ラッソという優しさに満ちたキャラクターが引き起こすハートフルなコメディを、心が欲していたからだ。コロナ禍で、しかも、リアリティ番組を飛び出した“最悪な上司”が現実世界でも最高権力を握るという、あり得ない状況になっていたことも関係していたかもしれない。

シニカルで独善的なキャラクターが現実でもフィクションのなかでも闊歩するなかで、テッド・ラッソのような楽観的で優しさに満ちたキャラクターがどうして生まれたのか?

ロビン・ウィリアムズにインスパイアされたというサダイキスの発言を聞いて、すとんと腑に落ちた。ウィリアムズといえば、「いまを生きる」や「アラジン(1992)」「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」などで、主人公の恩師となる役を演じている。作品ごとにキャラクター設定が異なっているにも関わらず、いずれも優しさとユーモアに満ちているのは、ウィリアムズ本人が持つ個性によるものだろう。テッド・ラッソは、それこそ、ウィリアムズが演じていたらぴったりとはまる役だ。周囲に笑いと幸せを振りまきながら、当の本人が必ずしも幸せではない点も似ている。

「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」
「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」

テッド・ラッソは、ありのままの自分を受け入れてくれるだけでなく、自分で想像することすらできない可能性まで信じてくれる。こんな「破天荒」な上司がもっと増えれば、世界はもっと良くなるんじゃないかと思う。

筆者紹介

小西未来のコラム

小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。

Twitter:@miraikonishi

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