コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第289回
2017年12月13日更新
第289回:スピルバーグが「ペンタゴン・ペーパーズ」で切り込んだ現代アメリカを象徴する2つのテーマ
いよいよゴールデングローブ賞のノミネートが発表された。本命不在の今年の賞レースを象徴するように個性豊かな作品が入り乱れ、内容も作風もバラバラだから、ハリウッド外国人記者協会のメンバーとして投票権を持つぼく自身、本番でどの作品に投票すればいいか決めかねている。
ただし、もっとも今日的なテーマを描いている点を重視するとしたら、間違いなくスティーブン・スピルバーグ監督の「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」(原題:The Post)を推す。物語の舞台はいまから40数年以上前であるにも関わらず、これほど現代アメリカを象徴している作品はないからだ。
邦題となっている機密文書「ペンタゴン・ペーパーズ」の正式名称は「ベトナムにおける政策決定の歴史1945年から1968年」といい、アメリカ政府のベトナム戦争への関与の実態を記録した内部資料だ。この膨大なレポートによれば、歴代政権はベトナム戦争で勝目がないことがあらかじめ分かっていながら、国民を欺き、何百万人もの若者を戦地に送り込んでいたという。資料作成に関わっていたシンクタンクの人間は、内部告発を決意。71年に報告書のコピーを秘密裏に作成し、ニューヨーク・タイムズ紙に送付。かくしてペンタゴン・ペーパーズの存在が世に知れ渡ることになった。しかし、当時のニクソン政権は司法省を通じて記事の差し止めを求める訴訟を起こす。情報漏洩によりアメリカの安全保障が危険にさらされるという理由で。
ニューヨーク・タイムズ紙が動きを封じられるなか、同じコピーをワシントン・ポスト紙が入手する。当時はまだ読者が少なかった同紙にとっては千載一遇のチャンスで、ベン・ブラッドリー編集長(トム・ハンクス)は腕利きの編集者を集めてスクープ記事を作成。しかし、ニューヨーク・タイムズ紙と同じ情報源の記事を出版した場合、投獄されるリスクがあることが発覚。しかも、同紙は上場を控えているため、不要なスキャンダルは避けたい。かくしてキャサリン・グラハム社長(メリル・ストリープ)は、重大な判断を迫られることになる、というストーリーだ。
トランプ政権がマスコミを敵視し、その活動を封じ込めようとしているなか、かつてニクソン政権と戦ったジャーナリストたちを描く映画をいま放つことには大いに意味がある。実際、同作の脚本を読んだスピルバーグ監督は、今年公開しなければ意味がないと、次作「レディ・プレイヤー1」のポストプロダクションと並行して、この作品を作り上げてしまったくらいだ。
この作品がタイムリーな理由がもうひとつある。本作の真の主人公はストリープ演じるキャサリン・グラハム社長だ。重役に男性しかいない70年代のビジネス界において、まともに発言すらできなかった気弱な彼女が、会社の命運を左右する英断を下すリーダーへと成長していく。ハリウッドで男女の賃金格差や一連のセクハラ騒動が取り上げられるなかで、すかっとするほど気持ちがいい女性映画となっている。そのため、今後の賞レースの展開次第ではアカデミー賞を席巻する可能性を秘めているだろう。
「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」は2018年3月30日の全国公開を予定している。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi