コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第272回
2016年5月27日更新
第272回:ブライアン・シンガー太鼓判の手腕振るったスサンネ・ビアの新作ドラマ
今年のアカデミー賞では俳優部門や監督部門にマイノリティがノミネートされなかったことから人種差別問題に発展したけれど、ハリウッドの映画監督に女性が少なすぎることも同じくらい深刻な問題だと思っている。ハリウッド映画の撮影現場に行くと男女比は結構いいバランスなのだが、女性が担当するのは衣装や美術、ヘアメイク、アシスタントといった役職ばかりで、プロデューサーや監督などクリエイティブ面で映画を主導する立場にはほとんどいない。最近のアメリカのテレビドラマ業界では、これらの役職を務める女性が増えているので映画で活躍できないはずがないのだが、女性の進出がなかなか進んでいない状態だ。
先日「X-MEN:アポカリプス」のロンドン取材でブライアン・シンガー監督にインタビューしたとき、この点を訊いてみた。すると、大金が投じられるハリウッド映画を任せられるためには、それなりの経歴を持っている必要があるので、小さな作品からコツコツ積み上げるしかないと言う。そう言ったあとで、こう付け加えた。
「でも、スサンネ・ビア監督だったら、『X-MEN』の新作をやってもらいたいね」
このコメントに僕は驚いた。デンマーク出身のビア監督といえば社会派のイメージがあったから、ハリウッドのエンタメ映画の監督候補とは思いもつかなかったからだ。
もともと彼女の作品のファンだったというシンガー監督は、昨年、東京国際映画祭の審査委員を一緒に務めたことからプライベートでも仲良しになったという。
「アート系やインディペンデント系の映画監督は観客を置き去りにしてしまうことがある。でも、彼女は映画は娯楽でならなければならないことを理解しているんだ」
そのインタビューの直後、たまたまビア監督の新作「ナイト・マネージャー」を見る機会を得た。これは映画ではなく、全6話からなるテレビのミニシリーズで、ビア監督がすべてのエピソードの演出を手掛けている。この作品を見たら、まさにシンガー監督の言うとおりだと納得した。
「ナイト・マネージャー」は、ジョン・ル・カレの同名小説の映像化だ。主人公はトム・ヒドルストン演じるジョナサン・パインで、元兵士の彼は名門ホテルのナイト・マネージャーを務めている。あるとき、悪名高い武器商人のリチャード・ローパー(ヒュー・ローリー)一行がホテルに宿泊する。実はこのローパーこそ、パインがかつて愛した女性を死に追いやった男であることから、パインはイギリスの情報部に通達。これがきっかけで、パインはスパイとして採用され、武器密輸の決定的証拠を掴むため、ローパーの仲間となって囮捜査を行うことになる、というストーリーだ。
世にも美しいロケ地で、緊張感に満ちたスパイスリラーを展開していく。原作は20年以上前に書かれたものだが、ドラマ化にあたりアラブの春やシリアの難民問題などが絡められているため、極めて現代的な内容になっている。「ナイト・マネージャー」を見れば、ビア監督が卓越したストーリーテラーであることを疑う映画人はいないだろう。
主演のヒドルストンといえば、ダニエル・クレイグの次のジェームズ・ボンド候補になっていることでも知られる。「ナイト・マネージャー」のジョナサン・パイン役は彼にとって絶好のオーディション作品といえるが、それはビア監督にとってもそうだ。この監督・主演コンビで新「007」を見てみたい。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi