コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第158回
2011年11月10日更新
第158回:ウクレレの音色が響くさわやかな感動作「ザ・ディセンダンツ」
年をとったせいか、視聴本数が増えたせいかわからないけれど、映画を見終えたあとに、余韻に浸ることがすっかり少なくなってしまった。エンドクレジットが始まり、試写室の席を立つときには、その日のうちにこなさなければならない雑事が頭をもたげ、過去2時間の記憶はどこかに押しやられてしまう。10代のころはどんな映画でも楽しむことができたし、余韻に数週間だって浸ることができたのに、あいにく今では前日に何の映画を見たのか思い出せないことも珍しくない。
そんな記憶力の悪い僕でも、1カ月以上前に見たアレクサンダー・ペイン監督の新作「ザ・ディセンダンツ(原題)」が与えてくれた感動をいまだに味わっている。日本公開はまだまだ先だと思うけれど、とても気に入っている作品なので一足先にご紹介したいと思う。
ジョージ・クルーニー演じる主人公はホノルルで慎ましく暮らす弁護士だ。妻がワイキキ沖でボート事故に遭い、昏睡状態に陥ったことで生活が一変。子育てを妻に任せきりだった中年男は、17歳と10歳の2人の娘の面倒を見なくてはならなくなる。子どもたちの世話に手を焼かされるなか、主人公は長女から衝撃のニュースを告げられる。妻は彼に隠れて別の男性と交際しており、離婚するつもりだったというのだ。事実を確認しようにも、妻の意識は戻らない。かくして彼は、娘ふたりとなぜか付きまとう長女のボーイフレンドを引き連れて、謎の男性を探しに出かけることになる――。
「女子高生ギャルには気をつけろ!」(それにしてもひどい邦題だ)から、「アバウト・シュミット」、「サイドウェイ」に至るまで、アレクサンダー・ペイン監督の作品は欠点を抱えた男性が馬鹿げた行動に出ることから物語が動き出す。今回も例にもれず、妻の浮気相手の正体を突き止めるというしょうもない目的で冒険に繰り出すわけだが、これまでの作品同様、ファニーで切ない体験を重ねて、主人公は成長していくことになる。
「ザ・ディセンダンツ(原題)」がこれまでの作品と大きく異なるのは、ハワイの大自然とその歴史をストーリーに織り込んでいることだろう。クルーニー演じる主人公は、ハワイ王国の王族と使節としてハワイを訪れた白人とのあいだにできた子の子孫(ディセンダント)であり、先祖から受け継いだカウアイ島の広大な未開地を管理する立場にあるという設定だ。主人公がその土地の売却を検討しているときに妻が事故に遭ったため、ふたつの物語が平行で進むことになる。
エキゾチックな風景と壮大な歴史、生と死という重いテーマを、下世話なストーリーと同居させてしまうところが、いかにもアレクサンダー・ペイン監督らしい。それでも家族愛が見事に描かれていて、クルーニーをはじめとするキャストの名演技もあって、サプライズに満ちたさわやかな感動作に仕上がっている。
今年見た映画のなかではこれまでのところ個人的ベストで、こうして原稿を書いている今でも、頭のなかではウクレレの優しい音色が響いているほどだ。
※「ザ・ディセンダンツ(原題)」は、2012年公開予定。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi