コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第109回
2009年1月6日更新
第109回:米TVドラマ界、ブームに終焉の兆し?
昨今の海外ドラマブームのおかげで、アメリカドラマの紹介記事を依頼される機会が多い。しかし、最近はブームの盛り上げ役を買うことにちょっとしたためらいを覚えている。まだまだ大きくなりそうな市場なので、大きな声では言いづらいのだけれど、アメドラの黄金時代が終焉に近づいているような気がしてならないからだ。
たとえば、最も困るのが「いま、もっとも熱いドラマはなんですか?」という質問だ。編集サイドはヒットしそうな新ドラマの発掘に躍起になっているから当然の質問なのだが、かつての「グレイズ・アナトミー」や「デスパレートな妻たち」「HEROES/ヒーローズ」に匹敵するドラマがないのが現状だ。話題性や批評家の評価などを考慮すれば、「Mad Men」あたりをお勧めするのが正解だと思うが、なにしろ派手さに欠ける。J・J・エイブラムスの新ドラマ「Fringe」は、順調にファンを獲得しているが、あいにく「エイリアス」や「LOST」のときのような熱狂を生み出せずにいる。個人的には「Breaking Bad」という新ドラマが一番のお気に入りだ。高校で化学を教える中年教師が、肺ガンで余命わずかであることを知ったことから、家族に遺産を残すため、ドラッグ作りに手を染める、というストーリーで、やけっぱちになった中年男がどんどん魅力的になっていくという展開が面白い(クリエイターは「X-ファイル」シリーズや「ハンコック」の脚本を執筆したビンス・ギリガン)。スリルとユーモアとハートが詰まった作品で、無理に喩えるなら、タランティーノ版「生きる」、あるいは、アクションコメディ版「アメリカン・ビューティー」という感じ。ただ、万人向けの内容ではないので、同じAMCで放送の「Mad Men」よりもずっと知名度が低い。
米テレビ界で気がかりなのは、低視聴率を理由に、比較的新しいドラマがつぎつぎと放送終了に追い込まれていることだ。ABCは、「Pushing Daisies」「Dirty Sexy Money」「Eli Stone」という意欲的なドラマ3番組をキャンセルしたばかりで、NBCはクリスチャン・スレーター主演のスパイドラマ「My Own Worst Enemy」と第2の「セックス・アンド・ザ・シティ」を狙った「Lipstick Jungle」の放送を中止した。さらに、NBCは平日の午後10時の時間枠をジェイ・レノの新トーク番組に差し替えると発表。これで、ドラマの放送枠が大きく減少してしまった。
一連の新ドラマが不振に喘ぐなかで、唯一、高視聴率を叩き出しているのがサイモン・ベイカー主演の「The Mentalist」だ。「CSI」シリーズや「コールドケース」「FBI 失踪者を追え!」など、事件捜査物を得意とするCBSらしいドラマで、このような“Procedural drama”(刑事や医師、弁護士などその道のプロが、問題解決に取り組む一話完結型のドラマ形式)のみがヒットしていること自体が、ブームの終わりを象徴している。AMCやFX、USAといったベーシックケーブル局では今後も良質で小規模なドラマが作られるだろうが、ネットワーク局となると悲観的にならざるを得ない。野心的なドラマが高視聴率を獲得できた時代は、もう過ぎてしまったのかもしれない。
「LOST」が放送終了となる2010年5月までの時間を、大切に過ごしたいと思う。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi