コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第60回
2023年10月6日更新
日本人は「ザ・クリエイター」と「ブレードランナー」のシンクロを楽しもう
ここにきて、AIを扱った映画が次々に開発されています。「ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE」は、AIと人類との「敵対」がテーマだし、「M3GAN」ではAIの「暴走」が描かれています。一方で、この「ザ・クリエイター 創造者」はそれら2つに加えて、AIと人類の「共存」という一歩踏み込んだテーマに果敢にチャレンジしています。
舞台はおもに東南アジアです。「ニューアジア」と呼ばれる国家とAIが連携(=共存)しています。ここに、米軍が乗り込んで来てAI勢力を殲滅(=敵対)しようと戦いを仕掛けます。2075年にAIがロサンゼルスで核爆発を引き起こし、米軍とAIが10年に渡って戦争状態にあるという設定。
よく見ると、ニューアジアの軍事施設の表記は日本語がメインです。俳優は英語で会話していますが、それ以外の人々の話し声(ガヤ)は日本語が飛び交っています。たび重なる日本風味に遭遇して「これはもしや?」と思い当たりました。ひょっとしてこれは「ブレードランナー2075」ではないかと。
思い出してください。一作目の「ブレードランナー」には「強力わかもと」の巨大な広告や、「ふたつで十分ですよ! 分かってくださいよ!」とデッカード(ハリソン・フォード)を説得するうどん屋の主人などが登場します。そして、ロサンゼルスの街で聞こえるガヤや警察無線の会話には日本語が頻出します。つまり「ブレードランナー」の舞台は、日本文化や日本企業に侵食されたロサンゼルスでした。
一方、ドゥニ・ビルヌーブ監督が手がけた「ブレードランナー2049」はどうだったでしょうか? カタカナの看板が登場するシーンはありましたが、日本臭はだいぶ少なくなっています。アジア全般+ロシアのごっちゃ混ぜ。そして、2049年なのにインターネットがありません。これは、ビルヌーブ監督が「ブレードランナー」一作目のテクノロジー設定(2019年という時代設定)を30年進化させたからで、ネットのない近未来が描かれる結果になりました。
「ゴジラ」を監督したこともある親日家ギャレス・エドワーズ監督は、この「2049」がお気に召さなかった可能性があります。「オレが作るんなら、『ブレードランナー』の続編はこうなるよね」というのが「ザ・クリエイター」の設定の一部として結実したのではないかと私は考えました。
この推測は、あながち間違ってはいなかった。「ザ・クリエイター」のプレスキットには、ロケハンでベトナムを訪れ、そのエキゾチックな風景にインスパイアされたギャレス・エドワーズ監督が「目の前に広がるベトナムを舞台にした『ブレードランナー』的なものを作ったらどうだろうというアイディアに胸を躍らせました」と記されています。
「ニューアジア」の盟主(のひとつ)は日本人。公用語(のひとつ)は日本語だという設定なのです。そこが判ると、俄然前のめりなります。日本人ならではの「ザ・クリエイター」と「ブレードランナー」のシンクロが楽しめる。「ザ・クリエイター」に登場する街の看板を見てください。怪しげなカタカナだらけですよ。めっちゃ狙って作られた日本風味。そして極め付けは、渡辺謙でしょう。「GODZILLA ゴジラ」以来のビッグ・コラボレーションです。
この映画、リドリー・スコット監督や、ドゥニ・ビルヌーブ監督にも是非見てもらいたいですね。正直、私も「ブレードランナー2049」は凄い映画だと思いましたが、若干のもやもやを覚えたのも事実。今回、エドワーズ監督が、そのもやもやを見事に解消してくれました。こんな不思議な映画体験もあるんですね。映画一本見て楽しんだことに加え、とても嬉しい付加価値をゲットしたような珍しい体験でした。
筆者紹介
駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。
Twitter:@komainaofumi