コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第13回
2019年5月22日更新
カンヌ映画祭2019。マラドーナの5人抜きゴールに拍手喝采
カンヌ映画祭から帰ってきました。今年は、5月15日から19日まで5日間の参加となりました。映画祭自体は25日まで続くので、半分ぐらいの達成感で帰ってきた感じです。
日程の関係で、オープニングのジム・ジャームッシュを見逃し、タランティーノ、グザビエ・ドラン、ポン・ジュノ、テレンス・マリックはいずれも私が帰ったあとの上映なので見られず。コンペ作品で鑑賞できたのは、ペドロ・アルモドバルの「PAIN AND GLORY」と、新人ラジ・リ監督の「LES MISERABLE」、そしてセネガルが舞台のマティ・ディオップ監督「ATLANTIQUE」の3本のみ。
しかし、コンペ作品よりも何よりも「こんな映画が作られていたとは!」という驚きの1本に出会うことができました。
それは、帰国する前日の深夜に見た「DIEGO MARADONA」というドキュメンタリー。被写体はもちろんマラドーナ。サッカーのかつてのスーパースターです。
何を隠そう、私はかなりのサッカーファン。2018年のロシアW杯も観戦に行ってますし、マラドーナについて言えば、エミール・クストリッツァ監督の「マラドーナ」(09)もちゃんとリアルタイムで見ています。
今回の映画では、まず、アルゼンチンでの少年時代から、バルセロナ(今はメッシが所属)での不遇だった時期を経て、セリエAのナポリで大活躍し、マラドーナがチームにスクデット(優勝盾)をもたらすまでが描かれます。ここら辺は、個人的には全然知らなかったエピソードばかりで興味津々。
そして86年のメキシコW杯で、マラドーナはアルゼンチン代表を優勝へと導きます。まさに彼のキャリアの絶頂期。イングランド戦における、いわゆる「神の手ゴール」や「5人抜きゴール」など、伝説の名場面の映像もたっぷり使用されています。
この「5人抜きゴール」は、NHKの山本浩アナの絶叫中継も話題でしたが、映画で使われているスペイン語中継のアナウンサーも凄い。「いったいこの男は、どこの星からやってきたんだぁぁぁ!」って山本アナに負けない絶叫。
カンヌの上映会場でも、このゴールシーンでは大きな拍手が巻き起こりました。スーパーゴールは、みんなで見ると大盛り上がりしますね。
その後映画は、マラドーナのコカイン常習の話や、ナポリのマフィア(カモッラ)との繋がりに移っていきます。彼のキャリアにおけるダークサイドをあぶり出す。終盤になると、90年のイタリアW杯において、準決勝のイタリア対アルゼンチンの試合がマラドーナの所属チームのあるナポリの町で行われたことが、彼の重大な転機になったのだと観客に提示されます。母国イタリア代表を応援すべきか、ナポリのチームをイタリアのチャンピオンにしてくれたマラドーナ(=アルゼンチン代表)を応援すべきか、ナポリの人たちは激しく悩みます。そして、試合の結果は……。
日本では、マラドーナのセリエA時代の試合をリアルタイムで見られることは希だったと記憶しています。日本人には、ナポリの王様マラドーナというよりは、アルゼンチン代表のマラドーナの方がなじみ深い。
ですから、ナポリ時代のマラドーナのプレイと日常生活に関する映像が大部分を占めるこの映画は、発見だらけで非常に新鮮でした。試合の映像にしても、マラドーナのプライベート映像にしても、よくぞこんなに集めたものだと感嘆するほかありません。サッカーファンならずとも、世紀の天才プレイヤーの光と影の物語は、興味深く見られるのではないでしょうか。
そうそう、ナポリには10年ほど前に一度行ったことがありますよ。こんな、マラドーナを奉ったプチ礼拝所が街角にあって、マラドーナが聖人扱いされてた。
映画を見終わってクルーの情報を調べてみたら、監督が「AMY エイミー」と同一でしたね。アシフ・カパディアというイギリス人。てことは、本作もバリバリのオスカー案件ですね。賞レースが楽しみになってきた。イギリスでは6月の公開だそうです。
ところで、カンヌから日本に帰った翌日、ネットニュースで「マラドーナ氏が新作ドキュメンタリー映画酷評、『見に行かないで』」というのが流れて来ました。この映画、マラドーナ本人が公認していたワケじゃなかったんですね。ちょっと驚きです。
しかし本作は、ディエゴ・マラドーナというサッカー選手の紆余曲折なキャリアを、とても分かりやすくまとめた、非常に有意義な一本であることは間違いありません。日本で公開された暁には、是非映画館でご覧になることをオススメします。サッカーのパブリック・ビューイング的な雰囲気もちょっと楽しめますよ。
筆者紹介
駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。
Twitter:@komainaofumi