コラム:細野真宏の試写室日記 - 第87回
2020年8月18日更新
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
第87回 試写室日記 昨年V6記録の「映画ドラえもん」が2週目で首位陥落。いま映画館で何が起こっているのか?
2020年8月18日
先週末の映画館はお盆期間と夏休み需要で、新型コロナウイルス騒動がありながらも、新作公開も増え座席数の問題が出るほどの賑わいが戻ってきています。
ただ、異変もあり、昨年はアニメの長編劇場版シリーズ39作目の「映画ドラえもん のび太の月面探査記」が「週末観客動員数ランキング6週連続1位」を獲得していたにもかかわらず、今回の「映画ドラえもん のび太の新恐竜」は、わずか2週目で2位に落ちてしまったのです。
これは、前回の第86回で書いたように「劇場版 Fate/stay night [Heaven's Feel] III. spring song」の人気が高い、というのもあるのですが、「現時点の新型コロナウイルスの影響が露見した結果」とも言えるのです。
そこで今回は、いま映画業界に何が起こっているのかを「医療のデータ」も合わせながら分析してみます。
まず、新型コロナウイルスの第1波の際に、「映画館が再開される際の注目作品は?」という問いに、まさに「劇場版 Fate/stay night [Heaven's Feel] III. spring song」と「映画ドラえもん のび太の新恐竜」の2作品を挙げていました。
≫映画館が営業再開するため、必要な条件は何か…鍵は感染者数と作品 ミリオンセラー経済解説者・細野真宏氏が解説
これには、次の2つの理由がありました。
「劇場版 Fate/stay night [Heaven's Feel] III. spring song」の場合は、コア層が非常に多いので、劇場が再開すれば多くの観客動員が見込め、映画館に活気をもたらす作品だという読みでした。
また「映画ドラえもん のび太の新恐竜」の場合は、新型コロナウイルスの状況によっては「再延期」という選択肢も視野にあったからです。
実際に「映画ドラえもん のび太の新恐竜」の8月7日(金)からの公開時は、首都圏から地方にまで感染者が広がっていて、新型コロナウイルスの第2波が起こってきているタイミングで、万が一「再延期」という結論が出ても「仕方ない」と思える状況下にありました。
ただ、結果的には、「再延期」という結論になりませんでした。
これは、先陣を切った「今日から俺は!!劇場版」と「コンフィデンスマンJP プリンセス編」が絶好調だったので、「行ける」という判断もあったでしょうし、実際に、観客も入っています。
さらには、今年が「ドラえもん(連載開始)50周年記念作品」という「アニバーサリーイヤー」だったので、(「STAND BY ME ドラえもん2」は来年以降に延期しても)今年一作品も「公開なし」という選択は難しかったこともあると思います。
さて、「映画ドラえもん のび太の新恐竜」は夏休み期間に入りつつあった8月7日(金)からの公開で、しかも月曜日が祝日で「土日祝という3連休」ということもあり、初日から8月10日(月・祝)までの4日間で興行収入は7億6100万円を記録しています。
これは、通常の映画であれば「絶好調」と言えますが、“興行収入50億円コンテンツ”として見ると、やや物足りなさを感じる数字ではあります。
なぜなら、昨年の3月1日(金)に公開された39作目「映画ドラえもん のび太の月面探査記」は公開3日間で興行収入7億5700万円を記録していて、この“3日間とほぼ同じ数字”になっているからです。
しかも、昨年は「春休み前」の公開で、初日の金曜日は平日でもあったので、より見劣りする数字になっています。
ただ、今回の「映画ドラえもん のび太の新恐竜」は、「シリーズ40作目」という節目の作品でありながら新型コロナウイルスの影響で、このシリーズでは初めての「夏休み映画」となったので、(学校によって期間が変わる)夏休みと、お盆期間があり、観客が分散化している可能性もありました。
そのため、お盆期間が明けるまでは結論を出しづらい状況にありましたが、「夏休みが減る中での最大の勝負時期であったお盆期間」に大きく持ち直すわけでもなかったので、やはり“今年ならではの傾向”がありそうです。
本来、今回の「映画ドラえもん のび太の新恐竜」における最大の焦点は、「シリーズ過去最高の興行収入になるのかどうか」でした。
なぜなら、この2年間は固定客が増え「興行収入50億円コンテンツ」となっていて、よほど出来の悪い作品を作ったりしない限り、興行収入50億円は見込める状況にあったからです。
しかも、本作は「プラス要因」もかなり多くあったのです。
「映画ドラえもん のび太の新恐竜」の主なプラス要因から見ていきますと、「ドラえもん50周年記念作品」という「アニバーサリーイヤー」ということもあり、通常の「入場者プレゼント」もパワーアップされていて、「のび太の新恐竜まんがBOOK」は5種類も用意されているなど、かなりの力の入れ様になっています。
さらには、映画館でのバックアップ体制も凄く、かなり長い期間「映画ドラえもん のび太の新恐竜」の予告編が流れ続けていましたし、「映画館へ行こう!【ドラえもんの新しい映画様式】」という形で映画館の感染予防対策のキャラクターに起用されたりと、“ドラえもん推し”が繰り広げられています。
そして、「アニバーサリーイヤー」ということで、木村拓哉、渡辺直美といった豪華なゲスト声優も登場しています。
これらのバックアップ体制によって、これまでは「映画ドラえもん」に興味の無かった人も、「今回は見てみようかな」といった興味を持つ人も増えたと思われます。
さらには、「今日から俺は!!劇場版」と「コンフィデンスマンJP プリンセス編」が絶好調なので、映画館の感染予防対策に安心感が出ているのも分かります。
では、なぜ、ここまで「プラス要因」がありながら「映画ドラえもん のび太の新恐竜」は、歴代最高の興行収入を出すような状態になっていないのでしょうか?
まず、歴代最高の興行収入53億7000万円を記録した、2年前のシリーズ38作目「映画ドラえもん のび太の宝島」とは何が違うのかを考えてみます。
公開初日に配給元の東宝が調べたデータによると、「映画ドラえもん のび太の宝島」の初日アンケートでは、年齢別では、小学1~3年生が30.9%、未就学児が28.7%となっていて、この2つの層が約6割も占めていることが分かります。(ちなみに、昨年の「映画ドラえもん のび太の月面探査記」では、小学1~3年が32.8%、未就学児が29.1%、小学4~6年が9.8%)
そして、今回の記念すべきシリーズ40作目「映画ドラえもん のび太の新恐竜」では、小学1~3年生が29.5%、未就学児が17.0%、小学4~6年生が14.8%、親世代の30代と40代が12.4%となっています。
ここで注目すべきは、最大のコア層である「小学1~3年生」と「未就学児」についての動向です。
「小学1~3年生」については基本3割とほとんど変わっていないのですが、今回は(小学生前の)「未就学児」が大きく減っていることが分かるのです。
実は、この傾向は「社会保険診療報酬支払基金」などの医療データとも符合するのです。
現時点で最新のものは今年の5月分のデータとなっていますが、例えば新型コロナウイルスがあろうがなかろうが、通常どの世代でも風邪などをひいたりしたら病院に行きますよね。
ただ、入院はしない「通常の通院日数」は、全体が25%程度の減少になっている中、「未就学児」だけは53.3%の減少(対前年同月比)と半減までしているのです!
このデータから、新型コロナウイルスの影響を気にする層が、「未就学児」を連れるファミリー層には多そうだ、という傾向が浮かび上がってきます。
そのため、小学生以上にコア層を持つ「今日から俺は!!劇場版」と「コンフィデンスマンJP プリンセス編」が絶好調なので、現時点での新型コロナウイルスの影響は、それ以外の層にはそれほど大きくは表れていませんが、この「未就学児」を連れていくファミリー層がコア層である作品には少し厳しい状況が生まれているようです。
例えば、先週末から公開された「東映まんがまつり 2020」も打撃を受けていて、週末動員ランキングでは初登場9位といった厳しめなスタートとなっています。
果たしてこの傾向はいつまで続くのでしょうか?
これは、新型コロナウイルスの「状況」と、各自の「認識」と共に変化が起こっていくものなので、医療のデータも踏まえて推移を見守り続ける必要があるわけです。
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
発売以来15年連続で完売を記録している『家計ノート2025』(小学館)がバージョンアップし遂に発売! 2025年版では「全世代の年金額を初公開し、老後資金問題」を徹底解説!
Twitter:@masahi_hosono